日本における他殺による死亡の歴史的状況(東京都健康安全研究センター:他殺,推移,世代マップ,年齢調整死亡率,人口動態統計,日本,アメリカ,ドイツ,イタリア,フランス,スウェーデン,オランダ,ロシア,ラトビア,東欧諸国)

東京都健康安全研究センター年報,66巻,333-339 (2015)

  日本における他殺による死亡の歴史的状況 ( sage2015.pdf : 1MB, Acrobat形式 )


 

研究要旨

 疾病動向予測システムを用いて他殺による死亡の歴史的状況を分析するとともに,年齢調整死亡率により日本と欧米各国との比較を行った.
  情報が得られる最初の年次である1909年の他殺による死亡者数は,男子165名,女子150名であったが,1954年に男子1,283名,女子649名とピークを示した後,2012年には男子183名,女子200名となっている.2004-12年において男子の神奈川,大阪,福岡,女子の宮城,神奈川,静岡,大阪,兵庫で経常的に平均死亡率比が高いことがわかった.
 日本,アメリカ,ドイツ,イタリア,フランス,スウェーデン,オランダ計7か国の年齢調整死亡率をみると,アメリカが他の諸国を大きく凌駕していた.また,フランスやイタリアで特定の時期に他殺による死亡者が増加していた.ロシア,ラトビアをはじめとする旧東欧諸国でも1980年代後半から1990年代で年齢調整死亡率が高いことがわかった.

 


 

はじめに

 虐待により,幼い命が奪われる痛ましい事件が後を絶たない.少年による少年の殺人もマスコミをにぎわせている.高齢者の保険金殺人もしばしば報道される.最近,このような殺人に関する報道が多くなってきている.ヒトがヒトを殺す殺人は人道上許されるものではない.殺人を長期的に減少させていくための基礎情報として,殺人による死亡者数の歴史的変遷を概観することは重要である.「殺される人が増えているのか否か」を数値的に把握するために人口動態統計を利用することができる.
 当センターでは,地域における疾病事象を把握し,衛生行政を支援するために,疾病動向予測システム(SAGE)を開発している.本論文では,このシステムを用いて分析した他殺による死亡の歴史的状況を分析した結果と諸外国との比較結果を報告する.

 

研究方法

 東京都健康安全研究センターで開発している疾病動向予測システム1-6)(SAGE:Structural Array GEnerator)を用いて,殺人による死亡について詳細な分析を加えるとともに,年齢調整死亡率を用い,諸外国との比較を行った.

 

結果及び考察

 1. 疾病分類の変遷

 わが国では,1899年から中央集査による人口動態統計が実施されている(1944年から1946年を除く).この情報を利用することにより100年以上にわたる日本人の死亡現象を解析することが可能である.しかし,人口動態統計は年により死亡分類が変更され,時にはその分類が欠落していることもある.表1に他殺の疾病分類の変遷を示した.
 人口動態統計で殺人の集計が開始されたのは1909年である.当初は,小分類で「銃殺、斬殺、爾他ノ殺害」の3つに分類され,年齢階級も「総数、0歳、1-14歳、15-59歳、60歳-、不詳」の6つに区分されていた.1933年に,はじめて中分類で「他殺」という分類が現れ,以後,中分類という名称が簡単分類と変わっても,「他殺」という項目が現在まで引き継がれている.また,1933年以降は現在の人口動態統計の「総数,0歳から4歳までは各歳で,5歳以降は5歳間隔で集計する」という形式とほとんど同じ年齢階級別に区分され集計が行われている.
 疾病分類で注目すべき点として,1923年に「乳兒殺」という分類が採用されていることである.現在でも,虐待やネグレクトにより乳幼児が死亡する事例が後をたたない.1923年頃にもこのことが問題になったであろうことが推測される .

表1. 疾病分類の歴史的変遷

年次 中分類(簡単分類) 小分類(基本分類)
1899-1908 情報無し 情報無し
1909-1922 情報無し 198 銃殺、199 斬殺、200 爾他ノ殺害
(総数、0歳、1-14歳、15-59歳、60歳-、不詳)
1923-1932 情報無し 197 銃殺、198 斬殺、199 爾他ノ殺害*、200 乳兒殺
(総数、0歳、1-14歳、15-59歳、60歳-、不詳)
1933-1936 80 他殺 172 乳兒殺(一歳未満)、173 銃殺、
174 刃器叉ハ刺器ニヨル殺害、175 其ノ他ノ殺害
(総数、0歳、1-14歳、15-59歳、60歳-、不詳)
1937-1943 80 他殺 172 乳兒殺(一歳未満)、173 銃殺、
174 刃器叉ハ刺器ニヨル殺害、175 其ノ他ノ殺害
1944-1946 情報無し 情報無し
1947-1949 165-168 他殺 165 乳兒殺(1才未満の乳兒殺害)、166 銃器による殺害、
167 刃器又は刺器による殺害、168 その他の手段による殺害
1950-1954 BE50a 他殺 E930-E935 他殺及び他人の加害による障害(戦争行為を除く)
1955-1967 BE50a 他殺 E980-E985 他殺及び他人の加害による障害(戦争行為を除く)
1968-1978 BE50a 他殺 E960-E969 他殺及び他人の加害による障害
1979-1994 E116 他殺 E960-E969 他殺及び他人の加害による損傷
1995- 20300 他殺 X85-Y09 加害に基づく傷害及び死亡
*:刑死を含む。刑死が再掲されているためそれを差し引く。
注:疾病コードの下に特に年齢階級が記載されていない年次は,原則として,総数,0歳から4歳までは各歳別,5歳以上は5歳階級で集計した値が記載されている。

 

 2. 年次推移

 1) 総数の年次推移

 1909年の他殺による死亡者数は,男子165名,女子150名であったが,1954年に男子1,283名,女子649名とピークを示した後,順調に減少し2012年には男子183名,女子200名となっている(図1).

 年次推移をみると第二次世界大戦以前の1909年から1940年頃まで男女とも殺人による死亡者数が200人程度であったのが,1950年には男子1,115名,女子768名と男女とも大幅に増加していることがわかる.

図1. 他殺による死亡者数の年次推移

 

 2) 乳児における死亡の年次推移

 乳児の他殺による死亡の状況をみるために,0歳児のそれを図2に示した.

 0歳児における他殺は,1909年の男子13名,女子9名から始まり1943年には男子14名,女子16名となった.それが1947年には男子85名,女子68名と大幅に増加し,1949年には男子140名,女子137名とピークを示した.その後は順調に減少し,2012年には男子6名,女子7名になっている.

 図2をみると,1945年以前と以後の間に大きな差異がみられる.そこで,この情報と対をなす司法省「日本帝國刑事統計年報」から得られる「嬰児殺犯人数」について検討した.人口動態では,1945年以前の0歳児の死亡数は男女とも概ね毎年20人前後となっている.その一方,司法省「日本帝國刑事統計年報」を用い「嬰児殺犯人数」を集計した植松7)によると1918年から1943年において犯人数の最大が1934年の217名,最小が1940年の112名,平均147名となっている.観測している数値が「嬰児殺犯人数」で人口動態の「死亡者数」とは異なるため,数値が一致しないことは当然ではあるが,その差は無視できないほど大きい.ここでは,2つの統計から得られる数値の間に大きな差があることを指摘しておく.

図2. 他殺による0歳児の死亡者数の年次推移

 

 3) 0歳における出生10万人当たり死亡率の年次推移

 図2の年次推移では,1950年頃の死亡数が突出している.また,1960年代前半に比して1960年代後半から1970年代にかけても死亡数が多くなっている.特に1974年から1977年の男子の死亡が多い.

 このような状況を受けたのであろう,1971年版の厚生白書8)のテーマとして「こどもと社会-児童憲章制定20年」が取り上げられ,「親の手で殺したり心中をはかった事件で,児童の生命が絶たれた事例は,昭和45年1月~昭和46年4月までの期間に72件,1か月平均4.5件生じたとされている」と記述されている.さらにこの時期,コインロッカーに新生児が遺棄される事件も多く報道され「コインロッカーベイビー」という言葉も表れた.著名な評論家である立花9)は「子殺しの未来学」と題した論文を発表し冒頭で「子どもを殺す母親,子ども虐待する母親たちが話題になっている」と述べている.

 1948年には,もらい児の乳児100人以上を餓死させた「寿産院事件10)」が報道されている.この事件のように1940年代後半から1950年代にかけての混乱期や,1960年代後半から1970年代にかけての時期など,社会の大きな変革期にはその影響を受け嬰児殺が増加すると考えることができる.その一方,単に出生数の増減が嬰児殺の変動を引き起こすとも考えられる.そこで出生数の影響を除くために出生10万人当たりの死亡率を計算しそれを図3に示した。

 図3から,1947年から1970年代後半まで多少の増減はあるものの,出生10万人当たりの死亡率は概ね6~10で推移していることがわかる.これより1960年代後半から1970年代に,嬰児殺の件数が他の時期よりも多くなっていたのは出生数が多かったためということが明らかとなった.この事実は,警察庁の「犯罪統計書」を用いた嬰児殺の分析結果11)とも一致している.死亡率は1970年代まで概ね6~10で推移していたが,1970年代後半を境に順調に減少を始め,2012年には男女それぞれ1.1,1.4となっている.

図3. 他殺による0歳児死亡者率の年次推移(対出生10万人)

 

 3. 世代マップ

 世代マップ(図4)をみると,最近では大幅に減少しているものの,男女とも乳幼児での他殺が一貫して多かったことがわかる.1950年代にはそれに加え男女とも20歳代にも他殺のピークが現れ,1975年頃まで続く.1975年以降は20歳代のピークは消失し,団塊の世代における他殺による死亡の低いピークが続いている.

図4. 他殺による死亡者の世代マップ (上段:男子,下段:女子)

 

 図1や図4に示したように時代と共に他殺による死亡者数は変化し,死亡の多い年齢域も変化している.そこで,年齢を15歳階級に区分して年ごとにその割合を計算し,死亡の多い年齢域をみた(図5).

 最初に男子についてみてみる.1940年代は0-14歳の少年期が全体の約30%を占めていたが,1950年代に入ると15-29歳の増加により相対的に減少し,1960年代には20%程度になった.そして,1960年代からは15-29歳の減少に伴い,増加に転じ,1975年頃には35%にも増加する.その後は減少し,2000年以降は10~15%で推移している.

 15-29歳の青年期では,1940年代の30%から始まり1960年頃には45%弱まで増加し,その後減少し2010年頃には10%程度になっている.

 1980年以降では,44歳以下で構成比が減少し,45歳以上特に60~74歳の前期高齢者と75~89歳の後期高齢者で増加している.

 女子についてみてみると,1940年代から1980年頃まで一貫して0-14歳の少年期が35~50%程度を占めている.1980年頃からは60歳以下の構成比が減少し,60歳以上の構成比が増加している.

 2012年においては,男女とも1940年代において構成比の高かった0-14歳では減少して10~15%であるのに対し,60歳以上の高齢者が40~50%を占めるようになっている.

図5. 他殺による死亡者の15歳階級死亡割合 (上段:男子,下段:女子)

 

 4. 年齢調整死亡率

 1950年の他殺の年齢調整死亡率(基準人口:1985年モデル人口,用語解説参照)は対10万人で,男子2.61,女子1.71であったが(図6),1955年や1958年など多い年はあるものの順調に減少し,2012年に男子0.27,女子で0.27となっている.

図6. 他殺による死亡の年齢調整死亡率(対10万人) (基準人口:1985年モデル人口)

 

 5. 都道府県別平均死亡率比マップ

 都道府県別平均死亡率比マップを男女別に2004-12年を3年ごとに区切り図7-1と図7-2に示した.図7に示した平均死亡率比をみると,年次によらず高い地域がみられる.男子の神奈川,大阪,福岡,女子の宮城,神奈川,静岡,大阪,兵庫である.2013年犯罪統計12)の人口10万人当たりの犯罪率も高い順に大阪,福岡,愛知、兵庫,千葉になっており,平均死亡率比の傾向と比較的よく一致している.

図7-1. 他殺の平均死亡率比マップ(男子)(左から順に:2004-06年、2007-09年、2010-12年)

図7-2. 他殺の平均死亡率比マップ(女子)(左から順に:2004-06年、2007-09年、2010-12年)

 

 6. 7か国の年齢調整死亡率

 図8-1と図8-2に日本,アメリカ,ドイツ,イタリア,フランス,スウェーデン,オランダ計7か国の年齢調整死亡率(基準人口:1990年ヨーロッパ人口)を示した.

 日本は多少の増減はあるものの他国に比して急激に他殺が減少していたことが明らかである.

 図8からアメリカにおいて他殺が顕著に高いことがわかる.特に高い期間は,男子では1970~80年代と1990年頃,女子では1970~90年頃である.また,フランス男子の1957~62年頃やイタリア男子の1981年頃と1991年頃も他の年次に比して他殺が多くなっている.

 フランス男子で1957~62年頃他殺が多かったのは,この時期にアルジェリア戦争があったこととの関連が示唆される.また,イタリア男子の1981年頃と1991年頃の他殺の多さについては,政治の不安定さがその一因としてあげられよう.

図8-1. 他殺の年齢調整死亡率(男子) (基準人口:1990年ヨーロッパ人口)

図8-2. 他殺の年齢調整死亡率(女子) (基準人口:1990年ヨーロッパ人口)

 

 7. 旧東欧諸国等における年齢調整死亡率

 政治的要因が他殺に与える影響を考察するために,ロシアをはじめとする旧東欧諸国の年齢調整死亡率を図9-1と図9-2に示した.

 1989年の東欧革命,1991年のソビエト連邦解体など旧東欧諸国や旧ソビエト連邦で1990年前後に大きな政治的変革が生じた.それに呼応するかのように,ロシアをはじめとする東欧諸国で他殺の年齢調整死亡率が大きく増加している.図10に示すように,このような傾向は,政治情勢が不安定である時期のコロンビア,メキシコ,チリなどいくつかの南アメリカ諸国でもみられる.

図9-1. 旧東欧諸国の他殺の年齢調整死亡率(男子)(基準人口:1990年ヨーロッパ人口)

図9-2. 旧東欧諸国の他殺の年齢調整死亡率(女子)(基準人口:1990年ヨーロッパ人口)

図10. 中南米諸国の他殺の年齢調整死亡率(男子)(基準人口:1990年ヨーロッパ人口)

 

結論

 疾病動向予測システムを用いて他殺による死亡の歴史的状況を分析するとともに,年齢調整死亡率により日本と欧米各国との比較を行った.

 他殺による死亡者については,1909年から現在までの情報が利用できることが判明した.1909年の他殺による死亡者数は,男子165名,女子150名であったが,1954年に男子1,283名,女子649名とピークを示した後,2012年には男子183名,女子200名となっている.また,乳児における他殺をみると,1909年の男子13名,女子9名から始まり1943年には男子14名,女子16名となった.それが1947年には男子85名,女子68名と大幅に増加し,1949年には男子140名,女子137名とピークを示した.その後は順調に減少し,2012年には男子6名,女子7名になっている.

 2004-12年において男子では神奈川,大阪,福岡,女子では宮城,神奈川,静岡,大阪,兵庫で経常的に平均死亡率比が高いことがわかった.

 日本,アメリカ,ドイツ,イタリア,フランス,スウェーデン,オランダ計7か国の年齢調整死亡率をみると,アメリカが他の諸国を大きく凌駕していた.また,フランスやイタリアで特定の時期に他殺による死亡者が増加していた.ロシア,ラトビアをはじめとする旧東欧諸国においても1980年代後半から1990年代で年齢調整死亡率が高いことがわかった.

 

 補遺 用語解説

[死亡率]
 SAGEでの死亡率は,次のようにして計算される.
 1セル内の死亡率=1セル内の期間内死亡数÷1セル内の期首人口
 すなわち,個々のセルについて死亡数を期首人口で除したものが,死亡率となる.

[死亡率比]
 個々のセルについて,基準となる地域の死亡率(原則として,全国または全都)を1とした場合の当該地域の死亡率の割合.当該地域の死亡率÷基準となる地域の死亡率で計算できる.基準となる地域に比して,当該地域の状況が良好であれば1未満の数値をとり,不良ならば1より大きな数値となる.

[平均死亡率比]
 全国値で死亡数の80%以上を含む年齢域で得られる死亡率比を平均した値.基準となる地域に比して,当該地域の状況が良好であれば1未満の数値をとり,不良ならば1より大きな数値となる.

[年齢調整死亡率]
 死亡率は年齢によって異なることから,死亡率の年次推移や地域間比較を行う場合などには,集団の年齢構成の違いを考慮する必要がある.年齢調整死亡率を用いることにより,年齢構成の異なる集団について,年齢構成の相違を気にすることなく,より正確に地域比較や年次比較をすることができる.
 年齢調整死亡率=(観察集団の年齢階級別死亡率×基準集団の年齢階級別人口)の総和÷基準集団の人口の総和

 

文献

1) 東京都健康安全研究センター:SAGE(疾病動向予測システム)ホームページ:http://www.tokyo-eiken.go.jp/sage/(2015年7月31日現在,なお本URLは変更または抹消の可能性がある).

2) 池田一夫,竹内正博,鈴木重任:東京衛研年報,46, 293-299, 1995.

3) 池田一夫,上村尚:人口学研究,30, 70-73, 1998.

4) 池田一夫,伊藤弘一:東京衛研年報, 51, 330-334, 2000.

5) 倉科周介,池田一夫:日医雑誌,123, 241-246, 2000.

6) 倉科周介:病気のなくなる日-レベル0の予感-,1998, 青土社,東京.

7) 植松 正:嬰児殺に関する犯罪学的研究,植松 正,木村龜二,團藤重光,他,刑事法の理論と現実(2),183-231, 1951, 有斐閣,東京.

8) 厚生労働省:厚生白書ホームページ:http://www.mhlw.go.jp/toukei_hakusho/hakusho/kousei/(2015年7月31日現在,なお本URLは変更または抹消の可能性がある).

9) 立花 隆:文藝春秋,1973(1), 110-124, 1973.

10) 毎日新聞1948年1月15日.

11) 栗栖瑛子:子殺しの背景の推移,中谷瑾子,子殺し・親殺しの背景,35-85, 1982, 有斐閣,東京.

12) 警察庁:政府統計の総合窓口ホームページ,http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?bid=000001052201(2015年7月31日現在,なお本URLは変更または抹消の可能性がある)

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