日本における全がんと白血病による死亡の歴史的状況と今後の動向予測(東京都健康安全研究センター:がん,白血病,死亡者数,年次推移,日本,地域比較,動向予測,人口動態統計)

東京都健康安全研究センター年報,63巻,287-292 (2012)

  日本における全がんと白血病による死亡の歴史的状況と今後の動向予測 ( sage2012.pdf : 350KB, Acrobat形式 )

関連資料

  日本、アメリカ、イギリス、フランス、イタリア、旧西ドイツ等の白血病による死亡の状況(5歳階級別死亡率)

  日本における全がんと白血病による死亡の歴史的・地域的状況
   東京都健康安全研究センター年報,64巻,219-225 (2013)

 


 

研究要旨

 疾病動向予測システムを用いて悪性新生物(全がん)と白血病の歴史的状況を分析するとともに今後の動向を予測した.

 悪性新生物による死亡者については,日本で最初に人口動態がまとめられた1899年から現在までの情報が利用できる.一方,白血病では1933年からの11年間と1958年以降に限られることがわかった.1899年のがんによる死亡者数は,男子9,780名,女子9,602名であったが,2010年には男子211,435名,女子142,064名と急増している.1933年の白血病による死亡者数は,男子1,032名,女子865名であったが,2010年には男女それぞれ4,860名,3,218名となっている.

 青森の男子と大阪の男女で,他の地域と比較して悪性新生物による死亡が多いことがわかった.また,男女とも九州・沖縄一帯で白血病による死亡がきわめて高いことがわかった.

 2024年における年間死亡者数は全がんで男子20万人弱,女子14万人強,白血病で男子0.5万人,女子0.3万人にのぼるものと予測された.

 


 

研究目的

 2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震を端緒として,東京電力福島第一原子力発電所で原子力事故が発生し,大気中に多量の放射性物質が排出された.原子力安全委員会は「100mSV以下の被曝線量では,がんリスクが見込まれるものの,統計的な不確かさが大きく疫学的手法によってがん等の確率的影響のリスクを直接明らかに示すことはできない,とされております。」1)と説明しており,現時点では,放射能による健康への影響については明らかになってはいない.

 当センターでは,地域における疾病事象を把握し,衛生行政を支援するために,疾病動向予測システム(SAGE)を開発している.本論文では,このシステムを用いて分析した悪性新生物(全がん)と白血病の歴史的状況と今後の動向を予測した結果を報告する.

 

研究方法

 東京都健康安全研究センターで開発している疾病動向予測システム2-7)(SAGE:Structural Array GEnerator)を用いて,1899年から2010年までの悪性新生物(全がん)と白血病による死亡について詳細な分析を加えるとともに,2024年までの死亡者数の予測を行った.また,現時点での両死因による死亡の状況について都道府県ごとの地域マップで示した.

 

研究結果および考察

  1. 疾病分類の変遷

 わが国では,1899年から中央集査による人口動態統計が実施されている(1944年から1946年を除く).この情報を利用することにより100年以上にわたる日本人の死亡現象を解析することが可能である.しかし,人口動態統計は年により死亡分類が変更されたり,時には特定の年にその分類が欠落していることもある.表1に悪性新生物と白血病の疾病分類の変遷を示した.

 悪性新生物については,第2次世界大戦の影響で人口動態統計が欠損している1944年から1946年を除いて,日本で最初に人口動態がまとめられた1899年から現在までの情報が利用できる.一方,白血病が人口動態統計で集計開始されたのは1933年である.そして,その情報も1944年から1957年までは欠損しており,長期的な情報として利用できるのは1958年以降に限られる.

 

表1. 疾病分類の歴史的変遷

年次 悪性新生物(全がん) 白血病
 1899-1906  第十七 癌腫、第十八 爾他ノ悪性新生物  情報無し
 1907-1908  20 癌腫、21 爾他ノ悪性新生物  情報無し
 1909-1922  21 癌腫、22 爾他ノ悪性新生物  情報無し
 1923-1932  16 癌及其ノ他ノ悪性腫瘍  情報無し
 1933-1936  18 癌、其ノ他ノ悪性腫瘍
 27 白血病、其ノ他ノ血液及造血臓器ノ疾患
 27 白血病、其ノ他ノ血液及造血臓器ノ疾患
 1937-1943  45 口腔及咽頭ノ癌、其ノ他ノ悪性腫瘍
 46 消化器及腹膜ノ癌、其ノ他ノ悪性腫瘍
 47 呼吸器ノ癌、其ノ他ノ悪性腫瘍
 48 子宮ノ癌、其ノ他ノ悪性腫瘍
 49 其ノ他ノ女性生殖器ノ癌、悪性腫瘍
 50 乳房ノ癌、其ノ他ノ悪性腫瘍
 51 男性泌尿生殖器ノ癌、其ノ他ノ悪性腫瘍
 52 皮膚ノ癌、其ノ他ノ悪性腫瘍
 53 其ノ他ノ臓器ノ癌、其ノ他ノ悪性腫瘍
 72 白血病及假性白血病
 73 脾臓ノ疾患
 74 其ノ他ノ血液及造血臓器ノ疾患
 72 白血病及假性白血病
 73 脾臓ノ疾患
 74 其ノ他ノ血液及造血臓器ノ疾患
 1944-1946  情報無し  情報無し
 1947-1949  45-55 癌及び悪性腫瘍  情報無し
 1950-1954  B18 悪性新生物  情報無し
 1955-1957  B18 悪性新生物  情報無し
 1958-1967  B18 悪性新生物  B18e 白血病および無白血症
 1968-1978  B19 悪性新生物  B19h 白血病
 1979-1994  28-37 悪性新生物  36 白血病
 1995-  02100 悪性新生物  02119 白血病

 

 2. 年次推移と世代マップ

 1) 全がん

 (1) 年次推移(図1)

 1899年のがんによる死亡者数は,男子9,780名,女子9,602名であり,男女とも総死亡者数(男子476,249名,女子455,828名)の2%強を占めていた.がんによる死亡者数はその後徐々に増加し,1940年には総死亡者数の4%強(男子26,769名,女子25,420名)になっている.第2次世界大戦後の1950年には,男子32,670名,女子31,785名と,第2次世界大戦前と同様に男女ほぼ同数になっている.

 以後,男女とも単調に増加するとともに男女間の隔たりも次第に増大し,2010年には男子211,435名,女子142,064名となり,その差は約7万人になっている.

図1. 全がんによる死亡者数の年次推移

 

 (2) 世代マップ(図2)

 世代マップをみると,男子の死亡数の列内ピークは1899年から1950年頃まで一貫して60-65歳であったが,次第に高齢側に移動して2010年には80歳ほどになっている.
 女子の死亡数の列内ピークも男子と同様に1899年から1950年頃まで一貫して60-65歳であったが,次第に高齢側に移動して2010年には80歳代半ばになっている.

 

図2. 全がんによる死亡者の世代マップ
(上段:男子,下段:女子)

 2) 白血病

 (1) 年次推移(図3)

 1933年の白血病による死亡者数は,男子1,032名,女子865名であった.白血病による死亡者数はその後徐々に増加し,1936年には男子1,211名,女子939名になったが,1937年には男子679名,女子557名と急激に減少している.これは,1937年に分類が変更されたためである.

 第2次世界大戦後の1955年には男子1,214名,女子824名となり,以後男子優位のまま単調に増加する.2010年の死亡者数は1955年の約4倍の男女それぞれ4,860名,3,218名となっている.

図3. 白血病による死亡者数の年次推移

  (2) 世代マップ(図4)

 第2次世界大戦前は,主として10歳以下の若年期での死亡が多かった.また,1955年から1970年代までは死亡数が全年齢域にわたってほぼ均等に分布していた.それが,1980年代にはいると若年期の死亡が減少し,逆に60歳以上の年齢域に死亡が集中する傾向が明らかとなってきている.2010年頃には男女とも死亡のピークは80歳ほどになっている.

 1980年以降若年期の死亡が減少したのは,小児の急性リンパ性白血病が概ね80%以上治癒するようになったからである.

 

図4. 白血病による死亡者の世代マップ
(上段:男子,下段:女子)

 3. 平均死亡率比マップ

 1) 全がん(図5)

 全がんの平均死亡率比5) マップを男女別に図5に示した.

 平均死亡率比は,ほとんどの地域で0.90以上1.10以下となっており,それほど大きな地域差は観測されない.その中で青森の男子と大阪の男女が1.10を超え,他の地域と比較してがんによる死亡が多い一方,沖縄の男女,長野の男子,岡山の女子は0.90以下になっており,がんによる死亡が少なくなっていることが注目される.

 

図5. 全がんの平均死亡率比マップ(2007-2009)
(左:男子,右:女子)

 2) 白血病(図6)

 白血病の平均死亡率比マップを男女別に図6に示した.

 白血病の平均死亡率比は特異な分布を示している.男女とも九州一帯がきわめて高い平均死亡率比を示す.男子では沖縄(平均死亡率比:2.11,以下同様)と鹿児島(2.09),女子でも鹿児島(2.42)と沖縄(2.21)が非常に高い値を示すが,九州の他の県もこれに比肩する高い値を示している.九州はウイルス性の悪性腫瘍である成人T型白血病(ATL)の多発地帯として知られている.白血病には急性と慢性の骨髄性白血病,急性と慢性のリンパ性白血病,単球性白血病などさまざまな種類があり,それぞれ別の病気として分類されている.ATLは白血病全体からみればその占める割合は大きくない.九州における白血病の多発傾向を,ただちにATLやその病原ウイルスのみに帰することはできないと思われる.

 

図6. 白血病の平均死亡率比マップ(2007-2009)
(左:男子,右:女子)

 

 2. 今後の動向予測

 1) 全がん(図7,図8)

 世代マップ(図8)を列(年次)ごとに見ると,男子の死亡者数の列内ピーク(暦年におけるピーク)は,1950年頃に約65歳であったが,次第に高齢側に移動して1990年頃に約75歳となった.その後,1926-28年世代のピークがだんだん大きくなり,1995年には列内ピークが約70歳になったが,2010年には約80歳に戻っている.死亡者数の増加率は,段々減少し,2010年代半ばに約21万名強に達し,その後減少していくものと予測される(図7).

 女子の死亡者数の列内ピークは,1950年に約65歳であったが,順調に高齢側に移動して2010年に約85歳になっている(図8).女子では,男子と異なり,1926-28年世代のピークが観測されない.女子は2010年代後半に約15万名弱に達し,その後減少していくものと予測される(図7).

 

図7. 全がんによる死亡者数の年次推移
(2011年以降は予測値)

図8. 全がんによる死亡者数の世代マップ
(2010年以降は予測値,上段:男子,下段:女子)

 

 2) 白血病(図9,図10)

 2009年の死亡者数のピークは,男女とも概ね80歳に位置する(図10).

 今後,男子では死亡のピークは80歳からそれほど変化せずに推移する一方,女子は徐々に高齢化し90歳ほどになるものと推定される(図10).2024年頃には年間死亡者数は,男女それぞれ5,500名と3,100名程度と予測される(図9).

 

図9. 白血病による死亡者数の年次推移
(2011年以降は予測値)

図10. 白血病による死亡者数の世代マップ
(2010年以降は予測値,上段:男子,下段:女子)

 

結論

 疾病動向予測システムを用いて悪性新生物(全がん)と白血病の歴史的状況を分析するとともに今後の動向を予測した.

 悪性新生物による死亡者については,日本で最初に人口動態がまとめられた1899年から現在までの情報が利用できる一方,白血病では1933年からの11年間と1958年以降に限られることがわかった.1899年のがんによる死亡者数は,男子9,780名,女子9,602名であったが,2010年には男子211,435名,女子142,064名と急増している.

 1933年の白血病による死亡者数は,男子1,032名,女子865名であったが,2010年の死亡者数は男女それぞれ4,860名,3,218名となっている.

 青森の男子と大阪の男女で,他の地域と比較して悪性新生物による死亡が多いことがわかった.また,男女とも九州・沖縄一帯で白血病による死亡がきわめて高いことがわかった.

 2024年における年間死亡者数は,全がんで男子20万人弱,女子14万人強,白血病では男子0.5万人,女子0.3万人にのぼるものと予測された.

 厚生労働省は,がん患者の情報を集めて生存率などの分析に生かす「がん登録」を2013度中に法制化する方針を決定している.東京都も2015年をめどにデータベースを作成することになっている.「がん登録」が実施されることによりがんの状況をきめ細かく実態把握することが可能となり,2011年の原子力事故の影響を的確に把握することが可能となるものと期待される.

 

文献

1)  原子力安全委員会事務局:低線量放射線の健康影響について:http://www.nsr.go.jp/archive/nsc/info/20110520.html(2012年11月6日現在,なお本URLは変更または抹消の可能性がある)

2)  東京都健康安全研究センター:SAGE(疾病動向予測システム)ホームページ:https://www.tmiph.metro.tokyo.lg.jp/sage/(2013年2月26日現在,なお本URLは変更または抹消の可能性がある).

3)  池田一夫,竹内正博,鈴木重任:東京衛研年報,46, 293-299, 1995.

4)  池田一夫,上村尚:人口学研究,30, 70-73, 1998.

5)  池田一夫,伊藤弘一:東京衛研年報, 51, 330-334, 2000

6)  倉科周介,池田一夫:日医雑誌,123, 241-246, 2000.

7)  倉科周介:病気のなくなる日-レベル0の予感-,1998, 青土社,東京.

 

補遺 用語解説

[世代マップ]

 縦軸を世代時間(出生世代),横軸を歴史時間(暦年)とする時間平面の所定の位置に,対象となる事象の数量もしくはその数量の多寡に応じた色彩を配置した疑似地形図のこと.ここでは,1つのセル(マス目)を出生世代として3年間の世代,暦年としては3年間隔で表示している.死亡数が少なければ寒色系で,多ければ暖色系で色分けしている.

 セルを横に順に観測することにより特定世代の状況を,白い斜線に沿って観測することにより特定年齢の状況を,またセルを縦に観測することにより,特定時代の死亡の状況を把握することができる.

 マップの白線より右の部分(2010-2024年分)は各疾病による死亡数の予測値を示したものである.図表の右側に茶系が多ければ,今後死亡数が増加することが予測され,逆に青系が多ければ減少することが予測される.

[粗死亡率]

 粗死亡率=期間内死亡数÷期首人口で計算される値.

人口千対で表示されることが多い.

 一般的に1年単位で,全年齢階級におけるそれとして計算されることが多い.

[死亡率]

 SAGEでの死亡率は,次のようにして計算される.

 1セル内の死亡率=1セル内の期間内死亡数÷1セル内の期首人口

 すなわち,個々のセルについて死亡数を期首人口で除したものが,死亡率となる.

[死亡率比]

 個々のセルについて,基準となる地域の死亡率(原則として,全国または全都)を1とした場合の当該地域の死亡率の割合.当該地域の死亡率÷基準となる地域の死亡率で計算できる.基準となる地域に比して,当該地域の状況が良好であれば1未満の数値をとり,不良ならば1より大きな数値となる.

[平均死亡率比]

 全国値で死亡数の80%以上を含む年齢域で得られる死亡率比を平均した値.基準となる地域に比して,当該地域の状況が良好であれば1未満の数値をとり,不良ならば1より大きな数値となる.

 

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