日本における事故死の精密分析(事故死,窒息,溺死・溺水,誤嚥,日本,疾病動向予測システム,年齢調整死亡率,世代マップ,平均死亡率比):(東京都健康安全研究センター)

東京都健康安全研究センター年報,61巻,373-379 (2010) 

  日本における事故死の精密分析 ( jiko2010.pdf : 1.4MB, Acrobat形式 )

 


 

研究要旨

 

 東京都健康安全研究センターで開発・運用している疾病動向予測システムを用い,事故死の現状を総合的かつ精密に分析した.
 1950年の人口動態統計において,事故死の筆頭は溺死で,転倒・転落,自動車事故,鉄道事故,落下物による打撲,窒息がこれに続いていた.2008年の死亡者数を1950年のそれと比較すると,溺死は66%に,鉄道事故は5%まで減少している.その一方,窒息は4.5倍に,転倒・転落は2.3倍になっている.
 日本と西欧諸国とを年齢調整死亡率で比較してみると,不慮の窒息と不慮の溺死・溺水が日本で顕著に高くなっていた.この2つの死因による死亡が高齢者において多くみられることから,高齢者を主なターゲットとした施策が必要と考える.転倒・転落や溺死・溺水は,家屋や浴槽を含めた建造物一般の構造と機能を工夫することで,改善できるものと考える.不慮の窒息の要因としての誤嚥を防ぐための取り組みも始まっている地域も存在することから,その成果を正しく評価し施策に反映していくことも重要であると考える.

 


 

はじめに

 2009年の人口動態統計の概況を見ると,総数で不慮の事故による死亡者数は,悪性新生物,心疾患,脳血管疾患,肺炎,老衰に続き第6位となっている1).著者らは東京都健康安全研究センターで開発・運用している疾病動向予測システム2-8)(SAGE:Structural Array Generator)を用いて,不慮の事故による死亡について分析を行い,交通事故を除いた不慮の事故による死亡者は60歳以上の高齢者が大半を占めることを指摘した7)

 今後,高齢者が急増することを勘案すると,不慮の事故による死亡も増加することが予測される.そこで,高齢者の不慮の事故による死亡の原因を探り,それを減少させるための方策を探るために本研究を実施した.

 

研究方法

 東京都健康安全研究センターで開発・運用している疾病動向予測システム(SAGE)を用いて,事故死の死亡特性を分析した.(1)総数の年次推移,(2)諸外国を含めた年齢調整死亡率の年次推移,(3)世代マップ,(4)平均死亡率比マップ(各県別)4)を用い,事故死の現状を総合的かつ精密に分析した.

 

結果

 1. 日本における不慮の事故による死亡者数の年次推移(図1)

 日本での不慮の事故による死亡者は,1950年において男子23,771人,女子9,065人であった.以後,多少の増減を繰り返しながら,1961年に,男子32,089名,女子9,525名となり,その規模で1972年まで推移した.1972年以降,男子は特に急激に減少し,1979年に,男子21,337名,女子7,890名となった.1979〜89年の10年間は,男子で約2万1千人,女子では8千人前後を示した.1990年からは増加傾向を示し,1999年には男子25,551名,女子14,528名となった.男子はこれをピークに減少に転じ,2008年には22,801名になる一方,女子では微増が続き2008年には15,352名になっている.なお,1959年と1995年のピークはそれぞれ伊勢湾台風と阪神・淡路大震災によるものである.

 

図1. 日本における不慮の事故による死亡者数の年次推移

 

 2. 日本における死因別事故死亡者数の年次推移(図2,3)

 1950年以降の事故死を細分類して男女別に図2と図3に示した.事故死の中で大きな位置を占めるのが自動車事故死であり,1950年代から1970年頃までの事故死の増加は自動車事故によるものであった.

 窒息による死亡は,1979年に男子1,366名,女子638名であったが,年を追うごとに増加し,2008年には男子4,889名と交通事故に次いで死亡順位の第2位に,女子では4,530名と第1位になっている.また,転倒・転落による死亡は,1950年の男子2,563名,女子569名から始まり,多少の増減を示しながら,2008年には男子4,230名,女子2,940名といずれも死亡順位の第3位になっている.溺死・溺水による死亡は,1950年の男子6,435名,女子3,278名から始まり,順調に減少し,1985-90年頃には男子2千名,女子1千名まで減少したが,その後増加に転じ,2008年には男子3,431名と死亡順位の第4位に,女子では3,033名と第2位になっている.

 2008年における不慮の事故による死者の内訳を原因別にみると,男子では,交通事故(5,191名),窒息(4,889名),転倒・転落(4,230名),溺死・溺水(3,431名),煙・火等への暴露(894名),中毒(591名)の順で,女子では,窒息(4,530名) ,溺死・溺水(3,033名),転倒・転落(2,940名),交通事故(2,308名),煙・火等への暴露(558名),中毒(304名)の順となっている.

図2. 日本における死因別事故死の年次推移(男子)

図3. 日本における死因別事故死の年次推移(女子)

 3. 事故死の国際比較

 日本,アメリカ,ドイツ,イタリア,フランス,スウェーデン,オランダの7か国における全事故死の年齢調整死亡率を男女別に図4と図5に示した.

 図から明らかなように,日本男子は全年次にわたり一貫して7か国のほぼ中位に位置し,日本女子は低位に位置している.交通事故においても同様の傾向が見られる.

図4. 不慮の事故:年齢調整死亡率の年次推移(男子,対10万人)

図5. 不慮の事故:年齢調整死亡率の年次推移(女子,対10万人)

 

 しかし,交通事故以外の事故を表1に従って分類し,(1)転倒・転落,(2)不慮の溺死・溺水,(3)不慮の窒息,(4)煙・火及び火炎への暴露,(5)有害物による不慮の中毒及び有害物質への暴露の5つに分けて年齢調整死亡率で見てみると,日本においては,転倒・転落が少なく,不慮の窒息と不慮の溺死・溺水が非常に多いということがわかる(図6〜11).

 なお,図7で顕著に見られる年齢調整死亡率の急激な変動は,主としてICD分類の変更によるものである.例えば,2000年前後における急激な変動は,ICD 9からICD 10に変更になったことによって生じたものである.ICD分類の変更に起因する死亡者数や死亡率の急激な変動については,著者らがすでに指摘している8 ).厚生労働省9)のみならずWHO10)やCDC11)もこの件に関して報告している.

 

表1. 分類名と死因簡単分類コード及び国際疾病・傷害・死因統計分類との関係

死因簡単
分類コード
分類名 ICD 7 ICD 8 ICD 9 ICD 10
20100  不慮の事故 A138-A147 A138-A146 B47-B53 V01〜X59
20101  交通事故(ICD 9までは自動車事故のみ) A138 A138 B471 V01〜V98
20102  転倒・転落(ICD 9までは転落のみ) A141 A141 B50 W00〜W19
20103  不慮の溺死及び溺水 A146 A143 B521 W65〜W74
20104  不慮の窒息 - - - W75〜W84
20105  煙,火及び火炎への曝露 A143 A142 B51 X00〜X09
20106  有害物質による不慮の中毒及び有害物質への曝露 A140 A140 B48 X40〜X49

 

図6. 転倒・転落:年齢調整死亡率の年次推移(男子,対10万人)

図7. 転倒・転落:年齢調整死亡率の年次推移(女子,対10万人)

図8. 不慮の窒息:年齢調整死亡率の年次推移(男子,対10万人)

図9. 不慮の窒息:年齢調整死亡率の年次推移(女子,対10万人)

図10. 不慮の溺死・溺水:年齢調整死亡率の年次推移(男子,対10万人)

図11. 不慮の溺死・溺水:年齢調整死亡率の年次推移(女子,対10万人)

 

  4. 窒息及び溺死・溺水の世代マップ

 日本における不慮の窒息の世代マップを図12に,不慮の溺死・溺水のそれを図13に男女別に示した.

 不慮の窒息による死亡は1980年代は乳幼児期に多かったが,年を追うごとに乳幼児期の死亡は急速に減少していった.一方,男子で75歳,女子で85歳を中心とする高齢者の死亡が急激に増加している.

 不慮の溺死・溺水による死亡は1950年代は乳幼児期から小中学生を中心に多く発生していたが,この年齢域での死亡は年を追うごとに急速に減少した.その一方,高齢者の死亡は1980年頃から急激に増加し,2000年代中頃には,男子で75歳,女子で80歳を中心とする高齢者が死亡の大半を占めるようになってきている.

 

 

図12. 不慮の窒息の世代マップ(左:日本男子,右:日本女子)

 

 

図13. 不慮の溺死・溺水の世代マップ(左:日本男子,右:日本女子)

 

 5. 窒息及び溺死・溺水の平均死亡率比マップ

 図14と図15に不慮の窒息と不慮の溺死・溺水の平均死亡率比7)マップを男女別に示した.

 平均死亡率比でみると不慮の窒息による死亡は,東北地方,中部地方と高知において高くなっている.特に,岩手,秋田,山形,新潟,石川,高知の男子,滋賀の女子は全国平均の1.4倍以上と顕著に高くなっている.また,不慮の溺死・溺水をみてみると,日本海側の各県でその値が高くなっている.特に,秋田,山形,新潟,富山,福井,高知,福岡の男子,秋田,山形,新潟,富山,福井,神奈川,三重,島根,福岡の女子で全国平均の1.4倍以上と顕著に高くなっている.

 

 

図14. 不慮の窒息の平均死亡率比マップ(左:男子,右:女子)

 

 

図15. 不慮の溺死・溺水の平均死亡率比マップ(左:男子,右:女子)

 

考 察

 1. 事故死の構成

 1950年の人口動態統計において,事故死の筆頭は溺死(男女合計で9,713名,以下同様)であった.転倒・転落(3,132名),自動車事故(3,046名),鉄道事故(2,778名),落下物による打撲(2,141名),窒息(2,081名)がこれに続いている.それが,2008年になると溺死は6,464名と66%に,鉄道事故は5%の146名まで減少する.落下物による打撲,中毒,高熱物体・腐食性液体・高熱水蒸気の3つは労働災害の性格をもつことが多いが,これらも減少が著しい.逆に増加しているのが,1950年の2,778名から2008年の9,419名へと約4.5倍になった窒息と,同期間に3,132名から7,170名へと約2.3倍になった転倒・転落である.

 幼児・児童の溺死,鉄道事故,労働災害などによる死亡の著しい減少は,地域や施設の物理的構造の改善など有害要因(ハザード)を制御する「0次予防12)」の成果と考えられる.すなわち,開放水面の管理,道路や踏切の構造の改善,職場環境の安全管理などが的確に実施されるようになり,事故死の改善がみられたものと思われる.

 転倒・転落による死亡は,1950年の3,132人から2008年の7,170人へと約2.3倍に増加している.しかし,年齢調整死亡率(図6,7)でみると,西欧諸国と比べると低く,年々減少傾向にあることがわかる.すなわち,転倒・転落による死亡の増加は,死亡の大半を占める高齢者の増加に起因するもので,日本の社会環境の悪化によるものではないことが明らかである.転倒・転落や墜落による死亡は個人的な性格をもつが,家屋を含めた建造物一般の構造と機能を工夫することで,改善できるものと考える.

 2. 不慮の窒息の現状と対策

 不慮の窒息による死亡の年齢調整死亡率は,西欧諸国と比して日本で顕著に高い(図8,9).窒息による死亡は高齢者に集中し(図12),食物の誤嚥が多く,一般的には,社会的,地域的な対応が決め手にならないと考えられている.窒息は非常に個人的な性格をもつ事故であり,たやすく根絶できるとは考えにくい.しかし,日本において大きな地域差がみられ,男女とも特定の県で平均死亡率比が高いという傾向があることから,これを手がかりにして,窒息による死亡の減少を図る取り組みが図られることを期待したい.また,滋賀県守山市13)など,誤嚥を防ぐための取り組みを始めた地域も見られるようになってきている.これらの地域における誤嚥防止の取り組みを正しく評価し,窒息による死亡の減少につなげていくことも重要であろう.

 3. 不慮の溺死・溺水の現状と対策

 不慮の溺死・溺水による死亡の年齢調整死亡率も,窒息と同様に西欧諸国と比して日本で顕著に高く(図8,9),死亡の主体は高齢者である(図13).

 高齢者の溺死のほとんどが浴槽内で発生しており,日本での入浴習慣である高温浴・全身浴と,浴室が寒いという住環境にその原因があると指摘されている14).厚生労働省の『平成21年度「不慮の事故死亡統計の概況」』15)には,溺死・溺水による死亡は,12・1・2月の冬場に多く,夏場に少ないことが報告されており,播本らの指摘のとおり浴室の住環境に問題があることが推定される.また,窒息と同様に男子で平均死亡率比が高い地域は,女子でも平均死亡率比が高くなる傾向が見られる.

 浴槽での死亡事故を減少させるには,浴室の暖房や浴室内への「人感センサー」の導入等による事故の早期発見が有効と思われる.

 

まとめ

 東京都健康安全研究センターで開発・運用している疾病動向予測システムを用い,事故死の現状を総合的かつ精密に分析した.

 1950年の人口動態統計において,事故死の筆頭は溺死で,転倒・転落,自動車事故,鉄道事故,落下物による打撲,窒息がこれに続いていた.2008年の死亡者数を1950年のそれと比較すると,溺死は6,464名と66%に,鉄道事故は5%の146名まで減少している.その一方窒息は4.5倍の9,419名に,転倒・転落は2.3倍の7,170名になっている.

 日本と西欧諸国とを年齢調整死亡率で比較してみると,不慮の窒息と不慮の溺死・溺水が日本で顕著に高くなっていた.この2つの死因よる死亡が高齢者において多くみられることから,高齢者を主なターゲットとした施策が必要と考えられる.転倒・転落や溺死・溺水は個人的な性格をもつものではあるが,家屋や浴槽を含めた建造物一般の構造と機能を工夫することで,改善できるものと考えられる.不慮の窒息の要因としては,食物の誤嚥が多く,一般的には,社会的,地域的な対応が決め手にならないと考えられている.しかし,誤嚥を防ぐための取り組みも始まっている地域も存在することから,その成果を正しく評価し施策に反映していくことも重要であると考える.

 

参考文献

  1) 厚生労働省:平成21年人口動態統計月報年計(概数)の概況http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/geppo/nengai09/kekka3.html (2010年7月21日現在,なお本URLは変更または抹消の可能性がある)

 2) 池田一夫,上村尚:人口学研究,30, 70-73, 1998.

 3) SAGEホームページ:https://www.tmiph.metro.tokyo.lg.jp/sage/ (2010年7月21日現在,なお本URLは変更または抹消の可能性がある)

 4) 池田一夫,竹内正博,鈴木重任:東京衛研年報,46, 293-299, 1995.

 5) 倉科周介,池田一夫:日医雑誌,123, 241-246, 2000.

 6) 倉科周介:病気のなくなる日−レベル0の予感−,1998, 青土社,東京.

 7) 池田一夫,伊藤弘一:東京衛研年報,51, 330-334, 2000.

 8) 池田一夫,上村尚:東京衛研年報,49, 321-328, 1998.

 9) 厚生労働省:第10回修正死因統計分類(ICD-10)と第9回修正死因統計分類(ICD-9)の比較 http://www.mhlw.go.jp/toukei/sippei/icd.html (2010年7月21日現在,なお本URLは変更または抹消の可能性がある)

10) Janssen, F., Kunst, A. E. : Bull World Health Organ, 2004, 904-914, 2004.

11) Anderson, R. N., Minino, A. M., Rey, F., et al.: NVSR, 49(2), 1-32, 2001.

12) 倉科周介:公衆衛生研究,41, 418-422, 1992.

13) 守山市民病院看護部:摂食嚥下チームを自主的に結成http://www.moriyama-hp.jp/H21_new/shinryouka/kangobu.shtml (2010年7月21日現在,なお本URLは変更または抹消の可能性がある)

14) 播本雅津子:大阪健康福祉短期大学紀要,2, 56-590, 2004.

15) 厚生労働省:平成21年度「不慮の事故死亡統計」の概況http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/tokusyu/furyo10/index.html (2010年7月21日現在,なお本URLは変更または抹消の可能性がある)

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