世界におけるHIV/AIDS死亡の分析(HIV,AIDS,死亡,人口動態,世界,日本,アメリカ,南アフリカ,HARRT療法):(東京都健康安全研究センター)

東京都健康安全研究センター年報,60巻,283-289 (2009)

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研究要旨

 

 WHOが公表している人口動態統計情報を用い,日本をはじめとする世界各国におけるHIV/AIDSによる死亡状況を分析した.
 日本における死亡者は,1995年に男子52名,女子4名であり,以後,男子50名前後,女子数名の状況は変化せず,2006年には男子55名,女子5名となっている.アメリカの状況は日本とは大きく異なる.1987年の男子12,088名,女子1,380名からはじまり,急速に死亡者が増加し,1995年には男子35,950名,女子7,165名とピークを示した.その後急激に減少し,2005年には,男子9,189名,女子3,354名となっている.1995年以降の死亡者の急激な減少は,HAART療法の効果によるものと考えられている.この死亡者の急激な減少は,イギリス,フランス,ドイツ,イタリアなど多くの国で観測され,いずれもHAART療法の効果によるものと推定される.一方,ポルトガル,ウクライナ,ロシアなどでは,この死亡者の急激な減少はみられず,特に南アフリカでは死亡者が1990年以降急激に増加し,減少傾向はまったく見られない.HAART療法等により,未だHIV/AIDSによる死亡者の減少が見られない諸国において,死亡者が減少することを期待したい.

 


 

はじめに

 1981年にアメリカ疾病管理センター(CDC)がMMWRにおいて男性同性愛者の間でカリニ肺炎が多発していることを報告した1).これがHIV/AIDSに関する最初の公式報告である.当初,HIV感染は男性同性愛者の性行為によってのみ起こると考えられていたが,その後女性にも感染がみられたことから異性間性的接触によっても感染することが明らかとなった.さらに,HIVに汚染された血液製剤によっても感染することから,血友病患者にも感染が広がり,日本では大きな社会問題となった.注射薬物乱用者の間でもHIV感染が広がり,薬物乱用者の症例数が最も多い国も存在した.2007年現在では,世界のHIV/AIDS感染・患者総数は3,300万人,2007年1年間の新たなHIV感染者数は270万人,2007年1年間のAIDS死亡者数は200万人と推定されている2)

  HIV発見の報告は,1983年5月,パスツール研究所のリュック・モンタニエの率いるチームの一員であったフランソワーズ・バレシヌシによるものが最初である3).この業績により,2008年のノーベル医学生理学賞がこの2人に授与された.HIV発見後,精力的に抗HIV薬の開発が進められ,1987年に最初の抗HIV薬としてAZTがアメリカ食品医薬品局(FDA)で承認され,同年日本でも承認された.

  本研究では,世界各国のHIV/AIDSの死亡特性の変化から,各国の施策や化学療法についての評価を行った.

 

研究方法

 東京都健康安全研究センターで開発・運用している疾病動向予測システム4-8)(SAGE:Structural Array GEnerator)を用いて,HIV/AIDSの死亡特性を分析した.各国の年齢階級別死亡者数はWHOが公表している情報を用い,アメリカについてはCDCが提供している情報も補足して用いた.縦軸を出生世代,横軸を暦年とする時間平面の所定の位置に,対象となる事象の数量もしくはその数量の多寡に応じた色彩を配置した疑似地形図が世代マップ5,6)である.この世代マップと年次推移などを共に用いて,HIV/AIDSの死亡特性を分析した.なお,年次推移グラフについては各国の総人口を考慮して縦軸を決定した(当該国の人口が基準とする国の2倍に当たる場合は,縦軸の目盛りも2倍にした).

 

結果

 1. 日本におけるHIV/AIDS死亡者数の年次推移

 日本における死亡者は,1995年に男子52名,女子4名であったが,以後,男子50名前後,女子数名の状況は変化せず,2006年には男子55名,女子5名となっている.世界的にみると日本におけるHIV/AIDSによる死亡率は非常に低くなっている(図1;日本の総人口を考慮した場合,本来ならば縦軸の最大目盛を20,000にすべきところ死亡者数が少ないため最大目盛を80として図を作成した).

図1. 日本におけるHIV/AIDS死亡者数の年次推移

 

 2. アメリカにおけるHIV/AIDS死亡の状況

 1) 年次推移

 アメリカにおける死亡者は,1987年に男子12,088名,女子1,380名であったが,急激に増加し,1995年に男子35,950名,女子7,165名となった.しかし,1996年に男子25,277名,女子5,853名,1997年には男子12,892名,女子3,624名と急激に減少を開始し,2005年には男子9,189名,女子3,354名となっている(図2の(1)).

 2) 世代マップ

 男子の世代マップを図2の(2)に示した.世代マップの最大ピークは1992-94年の30代後半男子である.男子の死亡の列内ピークは,1990年頃は30歳代後半にあったが,その後順次高齢側に移動し,2003年頃には45歳になっている.これは,死亡時の年齢が徐々に高齢化していることを反映している.

 3) HAART療法

 1987年にアメリカ食品医薬品局(FDA)がAZTをAIDS治療薬として承認したことから,AIDSの化学療法が行われるようになった.しかし,AZTはアメリカの死亡動向を左右するほど顕著な効果は示さなかった(図2の(1)).

 1995年にFDAはアメリカで最初のプロテアーゼ阻害剤であるサキナビルを認可した.また,それまでとは作用機序の異なる新たな逆転写酵素阻害剤であるネピラピンが1996年に認可された.そして,1996年国際エイズ会議で逆転写酵素阻害剤とプロテアーゼ阻害剤を併用することにより劇的に治療効果が上がったとの報告がなされた.その後,多数の薬剤を組み合わせてウイルスの増殖を抑制する多剤併用療法(Highly Activate Anti-Retroviral Therapy)が広く行われるようになった.アメリカでの1996年以降のAIDS死亡の顕著な減少はこの療法の効果によるものと考えられる.

図2. アメリカにおけるHIV/AIDS死亡者数の年次推移と男子死亡者の世代マップ

 

 4) 人種別の死亡状況

 CDCは「CDC WONDER9)」を運営している.このシステムを利用することにより,(1)白人,(2)黒人,(3)その他の人種という区分で人種別の情報を入手することができる.図3には,このシステムから入手した情報を人種別,男女別に死亡者数と対10万人死亡率で示した.男子実数では白人が,女子実数では黒人が多く死亡していることが明らかである.一方この情報を死亡率で見てみると黒人男女の死亡率が多の人種と比べて非常に多いことが注目に値する.その他の人種にはヒスパニックや東洋系などが含まれるが,男女とも死亡者数でも死亡率でも非常に低くなっている.

図3. アメリカにおける人種別のHIV/AIDS死亡者数,対10万人死亡率の年次推移

 

 3. カナダとオーストリアにおけるHIV/AIDS死亡の状況

 1) カナダ

 カナダにおける死亡者は,1986年に男子319名,女子16名であったが,急激に増加し,1995年に男子1,637名,女子127名となった.しかし,1996年に男子1,198名,女子108名と急激に減少を開始し,2004年には男子345名,女子75名となっている(図4の(1)).

 2) オーストラリア

 オーストラリアにおける死亡者は,1984年に男子9名,女子0名であったが,急激に増加し,1993年に男子551名,女子24名となり,この状況が1996年まで続く.しかし,1997年に男子200名,女子13名と減少を開始し,2004年には男子345名,女子75名となっている(図4の(2)).

 

図4. カナダとオーストラリアにおけるHIV/AIDS死亡者数の年次推移

 

 4. 西欧諸国におけるHIV/AIDS死亡の状況

 1) イギリス

 イギリスにおける死亡者は,1989年に男子19名,女子4名であったが,1991年に男子506名,女子41名となった.この状態がしばらく続き,1995年に男子579名,女子88名となった.しかし,1996年に男子487名,女子89名と減少を開始し,2007年には男子184名,女子83名となっている(図5の(1)).

 2) フランス

 フランスにおける死亡者は,1987年に男子840名,女子124名であったが,急激に増加し,1994年に男子3,986名,女子874名とピークを示す.しかし,1995年に男子3,862名,女子871名と減少を開始し,2006年には男子620名,女子189名となっている(図5の(2)).

 3) ドイツ

 ドイツにおける死亡者は,1990年に男子1,157名,女子144名であったが,徐々に増加し,1994年に男子1,839名,女子284名となる.1995年に男子1,750名,女子295名となり,2006年には男子420名,女子84名となっている(図5の(3)).

 4) イタリア

 イタリアにおける死亡者は,1985年に男子34名,女子7名であったが,急速に増加し,1995年に男子3,748名,女子1,073名となる.1996年に男子3,395名,女子1,071名となり,その後急激に減少し,2006年には男子749名,女子215名となっている(図5の(4)).

 5) スペイン

 スペインにおける死亡者は,1985年に男子44名,女子3名であったが,急速に増加し,1995年に男子4,703名,女子1,088名となる.1996年に男子4,575名,女子1,124名となり,その後急激に減少し,2005年には男子1,168名,女子282名となっている(図5の(5)).

 6) ポルトガル

 ポルトガルにおける死亡者の動向は他の西欧諸国とは大きく異なる.1988年に男子55名,女子7名であったが,急速に増加し,1996年に男子919名,女子192名となる.他の西欧諸国では,1996年以降では死亡者数が大幅に減少しているのに対し,ポルトガルは男子800名程度,女子200名程度の状況が続き,2003年には男子776名,女子200名となっている(図5の(6)).

 

図5. 西欧諸国におけるHIV/AIDS死亡者数の年次推移

 

 5. 東欧諸国におけるHIV/AIDS死亡の状況

 1) ポーランド

 ポーランドの死亡者は,1999年に男子100名,女子26名であり,この状況がずっと続き,2006年には男子76名,女子25名となっている(図6の(1)).

 2) ルーマニア

 ルーマニアにおける死亡者は,1990年に男子140名,女子108名であったが,徐々に増加し,1998年に男子366名,女子264名とピークを示した後,減少に転じ,2007年には男子94名,女子75名となっている(図6の(2)).

 3) ウクライナ

 ルーマニアにおける死亡者は,2001年に男子536名,女子194名であったが,急速に増加し,2005年に男子2,619名,女子1,003名となっている(図6の(3)).

 4) ロシア

 ロシアにおける死亡者は,1999年に男子93名,女子14名であったが,徐々に増加し,2006年に男子1,877名,女子587名となっている(図6の(4)).

 

図6. 東欧諸国におけるHIV/AIDS死亡者数の年次推移

 

 6. 中南米と南アフリカにおけるHIV/AIDS死亡の状況

 1) メキシコ

 メキシコの死亡者は,1998年に男子3,484名,女子616名であり,以後微増して,2006年には男子4,089名,女子855名となっている(図7の(1)).

 2) ブラジル

 ブラジルの死亡者は,1996年に男子11,176名,女子3,841名であり,以後減少して,2005年には男子7,364名,女子3,736名となっている(図7の(2)).

 3) アルゼンチン

 アルゼンチンの死亡者は,1997年に男子1,351名,女子478名であり,以後減少して,2005年には男子923名,女子383名となっている(図7の(3)).

 4) 南アフリカ

 南アフリカにおける死亡者は,1993年に男子902名,女子704名であったが,急速に増加し,2005年に男子6,853名,女子7,679名となっている(図7の(4)).南アフリカでは,女子の死亡者数が男子のそれを凌駕している点で,他の国とはまったく異なっている.

 

図7. 中南米と南アフリカにおけるHIV/AIDS死亡者数の年次推移

 

まとめ

 

 WHOが公表している人口動態統計情報を用い,日本をはじめとする世界各国におけるHIV/AIDSによる死亡状況を分析した.

 日本における死亡者は,1995年に男子52名,女子4名であったが,以後,男子50名前後,女子数名の状況は変化せず,2006年には男子55名,女子5名となっている.アメリカの状況は日本とは大きく異なる.1987年の男子12,088名,女子1,380名からはじまり,急速に死亡者が増加し,1995年には男子35,950名,女子7,165名とピークを示した.その後急激に減少し,2005年には,男子9,189名,女子3,354名となっている.1995年以降の死亡者の急激な減少は,HAART療法の効果によるものと考えられている.この1995年以降の死亡者の急激な減少は,イギリス,フランス,ドイツ,イタリアなど多くの国で観測され,いずれもHAART療法の効果によるものと推定される.一方,ポルトガル,ウクライナ,ロシアなどでは,この死亡者の急激な減少はみられず,特に南アフリカでは死亡者が1990年以降急激に増加し,減少傾向はまったく見られない.また,近年では女子の死亡数が男子のそれを上回っている.HAART療法等により,未だHIV/AIDSによる死亡者の減少が見られない南アフリカをはじめとする諸国において,死亡者が減少することを期待したい.

 

参考文献

1 ) CDC : MMWR, 30(21), 1-3, 1981. http://www.cdc.gov/mmwr/Preview/mmwrhtml/june_5.htm (2010年3月31日現在,なお本URLは変更または抹消の可能性がある)

2 ) WHO : AIDS epidemic update, UNAIDS, WHO, 2008

3 ) Barre-Sinoussi, F., Chermann, J. C., Rey, F., et al.: Science, 220, 868-871, 1983.

4 ) 池田一夫,上村尚:人口学研究, 30, 70-73, 1998.

5 ) SAGEホームページ:http://www.tokyo-eiken.go.jp/sage/ (2010年3月31日現在,なお本URLは変更または抹消の可能性がある)

6 ) 池田一夫,竹内正博,鈴木重任:東京衛研年報, 46, 293-299, 1995.

7 ) 倉科周介,池田一夫:日医雑誌,123, 241-246, 2000.

8 ) 倉科周介:病気のなくなる日−レベル0の予感−, 1998, 青土社, 東京.

9 ) CDC WONDER ホームページ:http://wonder.cdc.gov/ (20010年3月31日現在,なお本URLは変更または抹消の可能性がある)

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