日本における死因別死亡数の動向予測(日本 予測 分析 総死亡 脳血管疾患 虚血性心疾患 全がん 胃がん 結腸がん 肺がん 子宮がん 乳がん):(東京都健康安全研究センター)

東京都健康安全研究センター年報,57巻,395-400 (2006)

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関連文献

  日本におけるがん死亡の動向予測
   東京都健康安全研究センター年報,62巻,275-281 (2011)


 

研究要旨

 

 東京都健康安全研究センターで開発している疾病動向予測システムを用いて,総死亡,脳血管疾患,虚血性心疾患,全がんなど9種の死因による死亡特性を分析し,コーホート変化率法により2018年までの動向を予測した.その結果,①脳血管疾患・胃がんによる死亡は今後順調に減少していく,②全がん・肺がん・子宮がんによる死亡はまもなくピークに達しその後停滞する,③結腸がん・乳がんによる死亡は今後も増加が続く,④全がんによる死亡は2010年頃男子20万名弱,女子13万名のピークに達しその後停滞する,などと予測された.

 


 

研究目的

 

 衛生行政の基本的な使命は生活環境の安全性の維持と向上を図ることにある.この使命を達成するに当たり,地域における生活環境の安全性と地域住民の健康損失の状況を定式的かつ継続的に観測するシステムの構築は非常に重要な意味を持つ.また,行政施策の効果判定にも定量的な予測値と実測値との比較が欠かせない.当センターでは,地域における疾病事象を把握し,衛生行政を支援するために疾病動向予測システムを開発している.本論文では,このシステムを用いて日本における主な死因の死亡特性と今後の動向について分析した結果を報告する.

 

研究方法

 

 東京都健康安全研究センターで開発している疾病動向予測システム1−5)(SAGE:Structural Array GEnerator)を用いて,総死亡,脳血管疾患,虚血性心疾患,全がんなど9種の死因による死亡特性を分析し,2018年までの動向を予測した.

 縦軸を出生世代,横軸を暦年(調査年)とする時間平面の所定の位置に,対象となる事象の数量もしくはその数量の多寡に応じた色彩を配置した疑似地形図が世代マップ2,3)である.人口動態統計の死亡者数を用い,縦軸を出生世代,横軸を暦年とする3年3世代メッシュを単位とした世代マップを作成し,年次推移の動向も考慮し,死亡特性を分析した.各行(出生世代)におけるピークを行内ピーク,各列(暦年)におけるピークを列内ピークと定義し,これらのピークの世代マップ上の分布を分析した上で,コーホート変化率法6)により死亡者数の予測を行った.コーホート変化率法とは,基本的には年齢コーホートごとに今後の死亡率が将来も大きく変化しないと仮定して,年齢別死亡数を推計する方法である.本論文では,1998年から2003年までの6年間のデータを前半3年と後半3年に2分し,その変化率から,2004年から15年先の2018年までの動向を予測した.

 

研究結果および考察

 

 1.総死亡(図1)

 1950年における総死亡者数は男女それぞれ467,073名と437,803名であったが漸次減少し,1963年には男子361,469名,女子309,301名と最小となった.その後1980年頃まで,男子は36〜39万人,女子は31〜33万人程度で推移したが,1980年以降増加を始め,2004年には男子557,097名,女子471,505名となっている.

 1950年代の死亡者数の減少は主として乳幼児死亡の顕著な減少と,青年期死亡の減少によるものであり,1980年以降の増加は後期高齢者死亡の増加によるものである(図2).後期高齢者死亡の死亡年齢ピークは徐々に高齢側に移動し女子では2018年には80歳代後半になると予測される.

 高齢化が進むものの,近未来では死亡者数の増加はそれほどみられず,2015年には男子55万人,女子44万人程度になると予測される.特に女子においては2010年以降において減少を示すことも予測される.ただしこれは,一時的な現象で,団塊世代の高齢化にともない,長期的にみれば2018年以降のいずれかの時期に増加に転じると推測される.

 

図1.死亡者総数の年次推移

(2004年以降は予測値)

図2.総死亡の世代マップ(女子)

(2004年以降は予測値)

 2. 脳血管疾患(図3)

 脳血管疾患には,脳内出血,脳梗塞,くも膜下出血,その他の脳血管疾患が含まれる.1950年の死亡数は男女それぞれ42,668名と45,752名,以後,男子は1970年の96,910名,女子は1973年の86,009名までほぼ単調に増加し,以後はほぼ単調に減少して男子は1993年に55,279名,女子は1992年に62,627名と極小を示した.2004年には男子61,547名,女子67,508名となっている.なお,1994年から1995年にかけての急増は国際疾病分類(ICD:International Classification of Disease)の変更によるものと考えられる.

 今後は,男女とも順調に死亡数の減少が続き,2018年には,男女それぞれ4万8千名,4万名程度になると予測される.

 

図3.脳血管疾患による死亡者数の年次推移

(2004年以降は予測値)

 3.虚血性心疾患(図4)

 虚血性心疾患による死亡者は,1958年の男子9,150名,女子5,897名から一貫して増加を続け,2004年には男女おのおの39,014名,32,271名となっている.なお,1993年から1994年にかけての大きな不連続は,厚生省が死亡診断書を改訂し原死因として「心不全」を原則として認めなくなったことによるものである7)

 男女とも同年齢における死亡率は,若い世代ほど減少しているが,今後,団塊世代が好発年齢にさしかかるため男子死亡者数は漸増を続け,2018年には4万1千名になり,死亡の最頻年齢は70歳代後半になると予測される.一方,女子では男子に比して死亡率の改善が著しいため2018年には2万5千人にまで減少すると予測される.(図5).

 

図4.虚血性心疾患による死亡者数の年次推移

(2004年以降は予測値)

図5.虚血性心疾患による死亡者の世代マップ(男子)

(2004年以降は予測値)

 4.全がん(図6)

 全がんによる死亡者数は,男子では,1950年の32,670名が2004年の193,096名へと約6倍に増加している.女子では,同様に31,758名から127,262名へと約4倍に増加している.

 世代マップ(図7,8)で見ると,男子の死亡者数の列内ピークは1950年代後半には約60歳であったが,次第に高齢側に移動し1990年頃には約75歳となった.しかし1990年代に入り1926-28年世代でのピークが大きくなり2003年には,ピークが約72歳になっている.死亡者数の増加は徐々に頭打ちになり2010年頃ピークの20万名弱に達し,それ以後は減少に転じると予測される(図6).女子の死亡者数の列内ピークは1950年には約65歳であったが,徐々に高齢側に移動して2003年には約85歳になっている.女子では男子とは異なり1926-28年世代のピークが観測されない.2010年頃に年間死亡者数は13万名に達し,その後は停滞すると予測される(図6).

 

図6.全がんによる死亡者数の年次推移

(2004年以降は予測値)

図7.全がんによる死亡者の世代マップ(男子)

(2004年以降は予測値)

図8.全がんによる死亡者の世代マップ(女子)

(2004年以降は予測値)

 5.胃がん(図9)

 胃がんによる死亡者数は,1955年の男女各22,899名および14,407名に始まり1970年代まで微増を続け,それぞれ3万名および2万名前後に達する.以後はそれほど変化せず,2000年頃から微減傾向がみられ,2004年には男子32,851名,女子17,711名となっている.なお,1994年から1995年における死亡者数の不連続な増加は,この時期に死因分類が国際疾病分類第9回修正から同第10回修正へ変更されたことによるものと考えられる.

 今後1926-31年前後の世代で多少の増加が予想されるが,年間死亡者総数は着実に減少するとみられ,2018年の年間死亡者数は男子2万2千名と予想される.女子においても死亡者数は着実に減少し,2018年には1万2千名と予測される.

 

図9.胃がんによる死亡者数の年次推移

(2004年以降は予測値)

 

 6.結腸がん(図10)

 結腸がんによる死亡者数は,1955年の男子723名,女子905名から始まり単調に増加する.2004年の死亡者数は男女それぞれ13,350名,13,167名である.

 男子の死亡ピーク年齢は1965年頃は約70歳であったが次第に高齢側に移動して現在は約75歳になっている.死亡者数の増加は今後も続くものの,増加率は低下し,2010年台の半ばに約1万4千名に達し,その後停滞すると予測される.女子では死亡のピーク年齢は当初約73歳であったが,次第に高齢化する傾向がみられ,現在は約85歳になっている.女子でも年間死亡者数は増加を続け,2018年には1万6千名と予測される.

 

図10.結腸がんによる死亡者数の年次推移

(2004年以降は予測値)

 7.肺がん(図11)

 肺がんによる死亡者数は,1958年には男女おのおの2,919名と1,352名であった.しかし,それ以後の増加は単調かつ急激で,2004年には男子43,921名と女子16,001名となっている.

 男子死亡のピーク年齢は当初約69歳であったが,次第に高齢側に移動し,2003年には約73歳となっている.死亡者数は増加を続けるものの増加率は減少し,2010年頃からは年間死亡者数は4万6千名程度になるものとみられる.女子死亡のピーク年齢は1958年の約64歳から高齢側に移動し,2003年では約80歳になっている.男子と同様に死亡者数の増加は次第に緩慢となり,2010年頃からは年間1万6千名前後になると予測される.

 

図11.肺がんによる死亡者数の年次推移

(2004年以降は予測値)

 

 8.子宮がん(図12)

 子宮がんによる死亡者数は,1950年には8,783名であったが,これをピークとして以後着実に減少し,1970年代後半には5,000名台となり,1994年には4,445名と極小を示した.しかし,1995年以降微増傾向を示し,2004年には5,525名となっている.

 世代マップを見ると子宮がんの列内ピークは年齢依存性というよりはむしろ世代依存性が顕著で,主として1902-13年世代の寄与が大きかった(図13).その結果,年齢位置は最初の約52歳から次第に高齢側に移動してきた.この世代の寄与がほとんどなくなった2003年には,列内ピークは約80歳となっている.1995年以降,団塊世代付近の年齢域で子宮がんによる死亡が増えており,1947-55年世代に低い列内ピークが出現している.今後の動向を注視していく必要があろう.年間死亡者数は漸増して,2018年頃には5千6百名程度になるものと予測される.

 

図12.子宮がんによる死亡者数の年次推移

(2004年以降は予測値)

図13.子宮がんによる死亡者の世代マップ(女子)

(2004年以降は予測値)

 9.乳がん(図14)

 子宮がんとは対照的に乳がんによる死亡者数は,1955年の1,572名から2004年の10,524名まで7倍弱の増加を示している.

 世代マップ(図15)で見ると乳がんの列内ピークは1950年代の約50歳の位置に始まり,徐々に高齢化して2003年には約55歳になっている.行内ピークの位置は全期間を通じて明らかでなく,特に1910年以前の世代では広い年齢域にわたって低い水準の死亡者数が分布している.また1910年前後の世代を境に,それ以後の世代での死亡者数急増傾向が注目される.今後も死亡者数は団塊世代を中心に増加の一途をたどり,2018年には1万3千名に達するとみられる.

 

図14.乳がんによる死亡者数の年次推移

(2004年以降は予測値)

 

結論

 

 東京都健康安全研究センターで開発している疾病動向予測システムを用いて,総死亡,脳血管疾患,虚血性心疾患,全がんなど9種の死因による死亡特性を分析し,コーホート変化率法により2018年までの動向を予測した.その結果,①脳血管疾患・胃がんによる死亡は今後順調に減少していく,②全がん・肺がん・子宮がんによる死亡はまもなくピークに達しその後停滞する,③結腸がん・乳がんによる死亡は今後も増加が続く,④全がんによる死亡は2010年頃男子20万名弱,女子13万名のピークに達しその後停滞する,などと予測された.

 平成18年3月「東京都健康推進プラン21後期5か年戦略」が策定された.その中で脳血管疾患,虚血性心疾患,全がんなどをはじめとする生活習慣病の死亡率の引き下げが大きな目標として掲げられている.この目標を達成するためには,疾病動向の観測とそれに基づく施策の継続的な評価と柔軟な見直しを欠くことはできない.行政施策をより一層効果的に評価するために,どのようにSAGEを活用するかについての研究を今後も進めていきたいと考えている.

 

参考文献

1 )池田一夫,上村尚:人口学研究,30,70-73, 1998.

2 )SAGEホームページ:https://www.tmiph.metro.tokyo.lg.jp/sage/

3 )池田一夫,竹内正博,鈴木重任:東京衛研年報, 46, 293-299, 1995.

4 )倉科周介,池田一夫:日医雑誌, 123, 241-246, 2000.

5 )倉科周介:病気のなくなる日−レベル0の予感−, 1998, 青土社, 東京.

6 ) 金子武治,伊藤達也,廣嶋清志,他:人口推計入門,98-110,2002,古今書院,東京.

7 ) 厚生省大臣官房統計情報部人口動態統計課:死亡診断書等の改訂(案)について,厚生の指標,41(4),20-25,1994.

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