日本における栄養摂取と生活習慣病との相関分析:(東京都健康安全研究センター)

東京都立衛生研究所年報,52巻,293-298 (2001)

  日本における栄養摂取と生活習慣病との相関分析 ( eiyo.pdf : 47KB, Acrobat形式 ) 

 


 

研究要旨

 

 死因と栄養指標との相関分析を行った.相関係数の絶対値が0.5以上だった組み合わせは,脳血管疾患-食塩相当量(男子0.50, 女子0.57),脳血管疾患-トリグリセライド(男子 -0.53),脳血管疾患-食物繊維(女子 0.53)などであった.食生活の変化による増加が指摘される結腸癌や乳癌との相関係数の絶対値が0.4を越える栄養因子は,結腸癌-動物性タンパク質(男子0.41)と結腸癌-動物性脂肪(男子0.45)だけであった.

 


 

研究目的

 

 がんや循環器病などの「生活習慣病」が増加し,疾病構造は大きく変化してきた.さらに最近では,「寝たきり」や「痴呆」のように,高齢化に伴う障害も増加している.これらの疾患は生命を奪うだけでなく,身体の機能や生活の質を低下させるものも多く,解決すべき重要な課題の1つとなっている.こうした生活習慣病の予防,治療に当たっては,個人が継続的に生活習慣を改善し,病気を予防していくなど,積極的に健康を増進していくことが重要である.

 生活習慣病の現状把握やその予防には,生活習慣病の発生と栄養摂取や生化学的検査結果との関係を明確にする必要がある.生活習慣病の把握には都道府県別の人口動態統計を利用することができる.地域における健康栄養状況の評価に資するため,人口動態統計を基に構成された疾病動向予測システム 1−3)(以下SAGEと略す)を用いて日本における栄養摂取と生活習慣病との相関分析を実施した.

 

研究方法

 

 東京都立衛生研究所で開発しているSAGEから得られる死亡情報と,国立健康・栄養研究所の「健康栄養情報基盤データベースシステム 4)」で提供されている国民栄養調査情報とを活用して,地域における健康分析を実施した.

 SAGEの都道府県別疾病別男女別平均死亡率比(以下MMRと略す,MMR:Mean Mortality Ratio) 1−3)(脳血管疾患,虚血性心疾患,肝硬変,糖尿病,結腸癌,直腸癌,肺癌,乳癌:1995-97年)と,国民栄養調査(1995年)の都道府県別個人別栄養素摂取量・個人身体情報など生活習慣病に関係が深いと考えられる栄養関連指標とを用い,都道府県ごとの死亡指標と栄養指標等との相関を分析し,生活習慣病のリスクファクターについて考察した.

 SAGEで用いた指標は次のとおりである.

1 死亡率

 各種の死因について一定の年齢間隔の各年齢階級(原則として3歳,6歳,15歳のいずれか)で当該地域の死亡数を人口で除したものである.

2 死亡率比

 各種の死因について,各県ごとに計算される年齢階級死亡率(原則として3歳,6歳,15歳のいずれか)を,日本全国の対応する年齢階級のそれで除したものである.

3 平均死亡率比

 それぞれの死因についての各年齢階級(原則として6歳階級)の死亡率比の平均値である(基準となる地域の当該死因による総死亡者の80 %を含む年齢域のみを対象とする).

 

研究結果

 

1 SAGEによる平均死亡率比

 死因・性別ごとに,1995-97年の平均死亡率比の大きい県ベスト3と小さい県ベスト3を示す.疾病名の後のカッコ内の数値は1997年における当該死因による死亡者数である.

①脳血管疾患(男子:65,790人,女子:72,907人)
 男女とも青森,岩手,宮城,秋田,山形などの東北地方で顕著に高く,関西以西では低いという東高西低の傾向がみられる.特に低いのが沖縄で,熊本がそれに続いている.
多い地域
 男子:秋田(1.31),青森(1.23),栃木(1.22)
 女子:秋田(1.30),宮城(1.27),山形(1.25)
少ない地域
 男子:沖縄(0.67),熊本(0.84),大阪(0.87)
 女子:沖縄(0.54),熊本(0.75),長崎(0.85)
②虚血性心疾患(男子:38,405人,女子:33,312人)
 東京,大阪等の大都市及びその近郊で高い傾向がみられる.島根,熊本,秋田,山梨が低い.
多い地域
 男子:東京(1.27),栃木(1.20),大阪(1.17)
 女子:東京(1.26),大阪(1.22),埼玉(1.17)
少ない地域
 男子:島根(0.73),熊本(0.78),秋田(0.79)
 女子:島根(0.75),山梨(0.77),熊本(0.77)
③肝硬変(男子:11,377人,女子:5,222人)
 一般的に関西以西で高い西高東低傾向を示すが,東京,神奈川も高い.男子では,東北地方でただ一つ青森が恒常的に高い傾向を示す.
多い地域
 男子:大阪(1.31),神奈川(1.23),徳島(1.22)
 女子:大阪(1.38),広島(1.37),福岡(1.30)
少ない地域
 男子:新潟(0.59),長野(0.62),山形(0.64)
 女子:新潟(0.53),長野(0.56),山形(0.65)
④糖尿病(男子:6,295人,女子:6,075人)
 男女とも,北海道,青森,茨城,徳島で高い.男子では長野が顕著に低い.女子では,佐賀,宮崎,熊本で恒常的に低い.
多い地域
 男子:徳島(1.31),青森(1.25),茨城(1.23)
 女子:徳島(1.24),北海道(1.24),青森(1.18)
少ない地域
 男子:長野(0.73),宮城(0.82),山形(0.82)
 女子:佐賀(0.70),宮崎(0.76),高知(0.76)
⑤結腸癌(男子:11,162人,女子:10,538人)
 東京,青森で高い.一般的に男女とも,東京,大阪,福岡など大都市圏で高い傾向がみられる.
多い地域
 男子:青森(1.20),東京(1.18),鳥取(1.18)
 女子:岩手(1.19),東京(1.15),青森(1.14)
少ない地域
 男子:香川(0.69),岡山(0.76),山梨(0.81)
 女子:愛媛(0.73),高知(0.78),宮崎(0.78)
⑥直腸癌(男子:7,193人,女子:4,301人)
 一般的に東北地方で高い傾向がみられる.
多い地域
 男子:青森(1.20),新潟(1.17),岩手(1.13)
 女子:岩手(1.20),青森(1.14),鳥取(1.13)
少ない地域
 男子:岡山(0.81),熊本(0.82),徳島(0.83)
 女子:福井(0.70),沖縄(0.79),熊本(0.71)
⑦肺癌(男子:35,700人,女子:13,294人)
 沖縄,大阪で高く,長野で顕著に低い.
多い地域
 男子:沖縄(1.29),和歌山(1.18),大阪(1.16)
 女子:大阪(1.23),沖縄(1.21),福岡(1.18)
少ない地域
 男子:長野(0.75),高知(0.83),山梨(0.85)
 女子:長野(0.73),群馬(0.82),新潟(0.82)
⑧乳癌(女子:8,393)
 東京とその近郊,愛知,大阪,福岡など大都市圏で高い.1950年以降一貫して,東京で顕著に高い.
多い地域
 女子:東京(1.32),神奈川(1.18),愛知(1.09)
少ない地域
 女子:山形(0.75),岡山(0.78),徳島(0.78)

 

2 国民栄養調査情報の解析

 国民栄養調査データベースを用いると,国民栄養調査の情報が都道府県別・男女別に得られる.表1にこの情報の概要を示した.詳細については,国民栄養調査データベースのページ4)を参照されたい.

 

表1. 国民栄養調査情報の概要
 

  男 子 女 子
平均 標準偏差 平均 標準偏差
エネルギー(kcal) 2256.23 107.62 1813.55 83.73
総たんぱく質(g) 89.02 4.39 73.50 3.62
動物性たんぱく質(g) 48.75 3.62 39.66 2.83
植物性たんぱく質(g) 40.29 2.37 33.86 2.09
総脂肪(g) 63.23 5.02 54.00 4.40
動物性脂肪(g) 32.02 3.00 26.31 2.60
植物性脂肪(g) 31.21 2.88 27.69 2.57
総炭水化物(g) 307.70 15.63 254.09 12.16
糖質(g) 303.22 15.42 249.80 11.81
カルシウム(mg) 603.34 45.94 563.30 44.95
ナトリウム(mg) 5521.89 474.37 4825.17 494.99
食塩相当量(g) 14.03 1.21 12.25 1.26
カリウム(mg) 3101.34 202.94 2792.74 221.07
食物繊維(g) 15.69 1.46 15.00 1.51
ビタミンE(mg) 9.89 0.78 8.76 0.66
コレステロール(mg) 414.00 38.19 348.43 33.63
飽和脂肪酸(mg) 19.26 1.75 16.51 1.64
一価脂肪酸(mg) 21.32 2.04 17.94 1.65
最高血圧(mmHg) 135.91 4.53 129.89 4.41
最低血圧(mmHg) 81.81 2.23 77.53 2.46
BMI値(kg/m2) 21.77 0.60 21.56 0.66
総コレステロール(mg/dl) 202.00 6.16 199.96 7.27
トリグリセライド(mg/dl) 163.09 23.91 111.34 12.79
HDLコレステロール(mg/dl) 53.62 3.58 62.34 3.07
総蛋白(g/dl) 7.34 0.08 7.37 0.09
グルコース(mg/dl) 100.68 6.68 98.38 3.33
動脈硬化指数値 3.08 0.28 2.41 0.20
一日の平均歩数(歩) 7700.23 731.50 6710.70 614.26
喫煙期間現在(本) 25.70 3.24 15.80 4.91
飲酒期間現在(合) 24.19 4.08 13.24 5.36

喫煙期間現在(本):国民栄養調査データベースのままであるが、(本)は(年)と推定される
飲酒期間現在(合):国民栄養調査データベースのままであるが、(合)は(年)と推定される

 

3 平均死亡率比と国民栄養調査情報との相関

 Excelを用い,都道府県ごとの平均死亡率比と国民栄養調査情報との相関を分析した.

 表2と表3にその結果を示す.

 相関係数の絶対値が0.5以上だった組み合わせは,脳血管疾患-食塩相当量(男子0.50, 女子0.57),脳血管疾患-カリウム(女子 0.51),脳血管疾患-トリグリセライド(男子-0.53),脳血管疾患-食物繊維(女子 0.53)などであった.食生活の変化による増加が指摘される結腸癌や乳癌との相関係数の絶対値が0.4を越える栄養因子は,結腸癌-動物性タンパク質(男子0.41)と結腸癌-動物性脂肪(男子0.45)だけであった.

 

表2.平均死亡率比と栄養摂取量との相関行列(男子)
 

  脳血管
疾患
虚血性
心疾患
肝硬変 糖尿病 結腸癌 直腸癌 肺癌 
エネルギー(kcal) 0.200 0.109 -0.105 0.070 0.076 0.009 0.028
総たんぱく質(g) 0.325 0.198 0.016 0.015 0.326 0.177 0.018
動物性たんぱく質(g) 0.195 0.159 0.189 -0.071 0.405 0.233 0.224
植物性たんぱく質(g) 0.307 0.121 -0.261 0.137 -0.024 -0.033 -0.319
総脂肪(g) 0.013 0.160 0.038 0.164 0.280 0.084 0.270
動物性脂肪(g) 0.096 0.079 0.070 0.029 0.449 0.201 0.325
植物性脂肪(g) -0.076 0.197 -0.007 0.255 0.021 -0.060 0.133
総炭水化物(g) 0.118 0.096 -0.172 0.103 -0.149 -0.105 -0.098
糖質(g) 0.104 0.098 -0.160 0.102 -0.155 -0.113 -0.087
カルシウム(mg) 0.404 0.082 -0.113 -0.045 0.087 0.190 -0.285
ナトリウム(mg) 0.504 0.245 -0.329 0.018 0.287 0.218 -0.188
食塩相当量(g) 0.501 0.242 -0.332 0.017 0.284 0.216 -0.190
カリウム(mg) 0.484 0.102 -0.219 0.045 0.185 0.162 -0.300
食物繊維(g) 0.420 -0.003 -0.400 -0.003 0.023 0.130 -0.452
ビタミンE(mg) 0.246 0.293 -0.048 0.272 0.300 0.158 0.128
コレステロール(mg) 0.002 0.020 0.174 0.048 0.203 0.074 0.306
飽和脂肪酸(mg) 0.110 0.159 -0.004 0.139 0.291 0.159 0.207
一価脂肪酸(mg) -0.043 0.154 0.076 0.112 0.262 0.133 0.309
最高血圧(mmHg) 0.057 0.058 0.125 0.225 -0.023 -0.182 0.007
最低血圧(mmHg) -0.001 -0.131 -0.149 -0.075 0.084 -0.036 -0.092
BMI値(kg/m2) 0.068 -0.023 0.221 -0.033 0.126 0.220 0.010
総コレステロール(mg/dl) -0.271 -0.106 0.381 0.110 0.333 -0.002 0.323
トリグリセライド(mg/dl) -0.527 -0.102 0.102 0.073 -0.119 -0.223 0.178
HDLコレステロール(mg/dl) 0.035 0.028 -0.073 0.071 0.246 0.256 0.287
総蛋白(g/dl) -0.204 -0.279 -0.056 -0.270 0.014 0.001 0.058
グルコース(mg/dl) -0.201 0.189 0.177 0.145 0.015 -0.209 0.245
動脈硬化指数値 -0.246 -0.094 0.244 0.017 -0.122 -0.204 -0.070
一日の平均歩数(歩) -0.244 0.123 0.165 0.011 0.116 -0.043 0.128
喫煙期間現在(本) -0.095 0.019 0.176 0.231 -0.126 -0.235 -0.113
飲酒期間現在(合) 0.095 0.012 0.052 0.104 -0.039 -0.286 -0.193

喫煙期間現在(本):国民栄養調査データベースのままであるが、(本)は(年)と推定される
飲酒期間現在(合):国民栄養調査データベースのままであるが、(合)は(年)と推定される

 

表3.平均死亡率比と栄養摂取量との相関行列(女子)

 

  脳血管
疾患
虚血性
心疾患
肝硬変 糖尿病 結腸癌 直腸癌 肺癌  乳癌 
エネルギー(kcal) 0.189 0.315 0.010 0.341 0.234 0.094 0.061 0.287
総たんぱく質(g) 0.332 0.312 0.020 0.271 0.315 0.196 -0.019 0.254
動物性たんぱく質(g) 0.135 0.180 0.117 0.122 0.204 0.158 0.183 0.084
植物性たんぱく質(g) 0.392 0.298 -0.117 0.302 0.271 0.131 -0.280 0.329
総脂肪(g) 0.024 0.100 -0.015 0.250 0.128 0.087 0.167 0.208
動物性脂肪(g) -0.033 0.061 0.098 0.232 0.149 0.140 0.295 0.152
植物性脂肪(g) 0.075 0.104 -0.126 0.191 0.062 0.004 -0.015 0.196
総炭水化物(g) 0.251 0.363 -0.034 0.293 0.221 0.047 -0.072 0.235
糖質(g) 0.238 0.359 -0.024 0.287 0.211 0.043 -0.066 0.237
カルシウム(mg) 0.382 0.107 -0.156 0.169 0.103 0.164 -0.221 0.207
ナトリウム(mg) 0.566 0.318 -0.153 0.212 0.349 0.252 -0.283 0.285
食塩相当量(g) 0.568 0.319 -0.151 0.215 0.345 0.251 -0.287 0.284
カリウム(mg) 0.509 0.285 -0.187 0.325 0.324 0.236 -0.257 0.249
食物繊維(g) 0.530 0.176 -0.310 0.247 0.325 0.213 -0.371 0.147
ビタミンE(mg) 0.399 0.344 -0.202 0.395 0.391 0.315 -0.079 0.291
コレステロール(mg) -0.067 -0.057 0.028 0.096 0.004 0.145 0.185 0.022
飽和脂肪酸(mg) -0.003 0.077 -0.001 0.296 0.126 0.080 0.155 0.264
一価脂肪酸(mg) -0.057 0.104 0.020 0.200 0.122 0.097 0.246 0.193
最高血圧(mmHg) 0.022 0.158 0.014 0.121 0.174 -0.049 0.027 0.057
最低血圧(mmHg) 0.096 0.116 -0.160 0.235 0.263 0.027 -0.077 0.130
BMI値(kg/m2) 0.059 0.139 -0.008 -0.031 0.244 0.003 0.128 -0.184
総コレステロール(mg/dl) -0.059 -0.022 0.010 -0.006 0.233 0.259 0.263 0.174
トリグリセライド(mg/dl) -0.148 0.037 -0.022 0.063 -0.007 -0.120 0.204 -0.075
HDLコレステロール(mg/dl) 0.076 -0.037 -0.131 0.048 0.238 0.344 0.005 0.298
総蛋白(g/dl) -0.094 0.090 0.035 -0.034 -0.149 -0.151 0.111 -0.133
グルコース(mg/dl) -0.178 -0.083 -0.129 -0.061 -0.018 0.009 0.171 0.006
動脈硬化指数値 -0.114 -0.071 0.057 -0.100 -0.075 -0.169 0.130 -0.199
一日の平均歩数(歩) 0.090 0.322 0.149 0.217 -0.067 -0.052 0.111 0.344
喫煙期間現在(本) -0.151 0.058 0.108 -0.119 -0.107 -0.071 0.083 0.071
飲酒期間現在(合) 0.236 0.055 0.055 0.102 0.038 -0.141 -0.331 0.063

喫煙期間現在(本):国民栄養調査データベースのままであるが、(本)は(年)と推定される
飲酒期間現在(合):国民栄養調査データベースのままであるが、(合)は(年)と推定される

  

考 察

 生活習慣病の発症進行因子としての食生活や栄養摂取状況と死亡との関係をみるために,生活習慣病の平均死亡率比と国民栄養調査データとの相関を分析した.国民栄養調査データは各都道府県の任意に抽出された年代層別男女別の栄養摂取量の平均である.今回の相関分析は各都道府県の生活習慣病の死亡率比とその地域の住民の平均的栄養摂取状況の関連を分析することを目的としている.食生活の偏りが積み重なり,器質的な病変を来たし,発症し,進行して死亡に至るまでの経過の中では食生活以外にも,医療,労働,その他様々な環境要因も影響することを考慮する必要もあろう.しかし,ここでは単純に食生活と死亡という両端の関係だけを分析することにした.

1 脳血管疾患

 男女ともナトリウム,食塩相当量,カリウムとの相関が認められる.また,地域死因別死亡率比の男女間の相関係数も0.90と非常に高い.小町らの疫学的手法による報告でも脳血管疾患死亡と食塩摂取量との相関が指摘され 5) ,今までに多くの報告がなされている.これらの点から脳血管疾患死亡の多い県においては,現在もなお食塩の摂取が多いものと考えられる.

 男子では,トリグリセライド摂取量との負の相関が認められるが,女子では認められない.小町ら6) は日本において,血清コレステロール値や中性脂肪値が低い地域では,脳血管疾患による死亡率が高いことを明らかにした.その後,食生活の改善が行われ,脳血管疾患死亡の高かった東北地方も改善されてきている.しかし,今回の脳血管疾患死亡率とトリグリセライド値との相関は,今なお脳血管疾患死亡率の高い県の男子においては,脂肪摂取または炭水化物摂取の不足の問題が残っていることを推察させる.

 食物繊維の摂取量との相関係数が男子で0.42,女子で0.53となっている.これも,かつての日本の脳血管疾患死亡の背景として考えられた食生活の特徴,すなわち,米と味噌汁,漬物を中心とした野菜の多い食生活習慣が脳血管疾患死亡率の高い県において今なお残っていることの現れと考えられる.

2 虚血性心疾患

 死亡率比は東京,大阪等の大都市及びその近郊で高い傾向がみられ,島根,熊本,秋田,山梨が低い.国民栄養調査データとの相関はほとんどみられない.

 虚血性心疾患死亡者数の年次推移を概観すると,男子では1993年27,416名,1994年30,906名,1995年40,060名と大幅に増加している.女子でもそれぞれ,24,498名,26,975名,35,513名と同様に大幅に増加している.これは,当時の厚生省が死亡診断書の書き方を改めるとの方向を示した7) ため,「虚血性心疾患」を死因とする死亡診断書が増加したことによる.また,1992-94年には,東京・神奈川・大阪の平均死亡率比が顕著に高かったが,1995-97年ではこのような状況は大幅に緩和されている.虚血性心疾患の状況がこのような短時間で変動するとは考えにくい.厚生省による方向性の提示に起因して,死亡診断書上の死因の選択が地域により大きく変化したためであろうと推定される.このように,単に厚生省が方向性を示しただけで虚血性心疾患の地域における死亡者数が大きく変動する.

 アメリカではコレステロールが虚血性心疾患死亡に大きく寄与しているとの示唆があるが,日本ではこのような事実は報告されていない.本研究でも虚血性心疾患死亡とコレステロールとの相関は認められなかった.また,喫煙との相関も認められなかった.

3 肝硬変,糖尿病,直腸癌,肺癌

 一般的に,肝硬変とアルコール摂取量及び糖尿病とカロリー摂取量との関連が指摘されている.しかし,今回これらの疾病と国民栄養調査データとの相関は認められなかった.福井県のエネルギー摂取量は女子では標準偏差の2倍を越えるにもかかわらず,糖尿病の平均死亡率比は0.983とほとんど全国平均と同じとなっている点が特筆される.

 これは,肝硬変,糖尿病などで死亡した人の食生活の傾向と,国民栄養調査の対象者のそれとが異なっている点,調査対象者数が少ないこと,などの理由が考えられよう.

4 結腸癌

 男子では,動物性タンパク質と動物性脂肪とに相関が認められたが,女子ではそのような結果は得られなかった.また,男女とも食物繊維との相関は認められなかった.男子においては,「動物性食品の摂取が多いと食物繊維の摂取量が減少してくる」という関係があるのかもしれない.

5 乳癌

 乳癌との相関係数が0.4を越える栄養素はなかった.相関係数が最大となるのは1日の平均歩数の0.34で,これは95 %の確率で有意であった.しかし,平均歩数が多ければ多いほど乳癌になりやすいとは考えにくい.

 ①1950年以降一貫して全国の中で東京の死亡率比が顕著に高い,②45〜60歳の年齢域で死亡数,死亡率ともピークが現れ,60歳以上にピークが現れる他の癌とは好発年齢が大きく異なる,③国民栄養調査データとの相関がみられない,などの点から考えると,乳癌と食事との関連は少ないものと考えられる.

 

結 論

 東京都立衛生研究所で開発しているSAGEで得られる死亡情報と,国立健康・栄養研究所の「健康栄養情報基盤データベースシステム」で提供されている国民栄養調査情報とを活用して,地域における健康分析を実施した.

 SAGEの都道府県別疾病別男女別平均死亡率比(脳血管疾患,虚血性心疾患,肝硬変,糖尿病,結腸癌,直腸癌,肺癌,乳癌:1995-97年)と,国民栄養調査(1995年)の都道府県別の個人別栄養摂取量・個人身体情報など生活習慣病に関係が深いと考えられる栄養関連指標とを用い,都道府県ごとの死亡指標と栄養指標等との相関を分析し,生活習慣病のリスクファクターについて考察した.

 相関係数の絶対値が0.5以上だった組み合わせは,脳血管疾患-食塩相当量(男子0.50, 女子0.57),脳血管疾患-トリグリセライド(男子-0.53),脳血管疾患-食物繊維(女子 0.53)などであった.食生活の変化による増加が指摘される結腸癌や乳癌と相関係数の絶対値が0.4を越える栄養因子は結腸癌-動物性タンパク質(男子0.41)と結腸癌-動物性脂肪(男子0.45)のみであった.結腸癌や乳癌と相関のある栄養関連指標が見られなかった理由としては,相関係数の算出に1995年の栄養指標と1995-97年の死亡指標を用いたという点もあげられよう.癌はその原因と死亡との間に10〜30年のタイムラグが存在する.1970年頃の栄養指標と1995-97年の死亡指標との相関を算出することができれば,より多くの示唆を得ることができるものと考えられる.

(本研究は,平成12年度健康科学総合研究事業で実施したものである.)

 

参考文献

1)倉科周介:病気のなくなる日−レベル0の予感−,青土社 (1998)

2)池田一夫,竹内正博,鈴木重任:疾病構造データベース,東京衛研年報, 46, 293-299, 1995

3)池田一夫,上村尚,竹内正博,鈴木重任:疾病動向システムによる行政支援,東京衛研年報, 47, 362-367, 1996

4)ホームページのアドレスは次のとおりである.

http://nihn-jst.nih.go.jp:8888/nns/owa/nns_main.hm01

5)小町喜男他:高血圧及び脳卒中予防の方策に関する疫学的研究,高血圧,脳卒中予防−高血圧及び脳卒中の予防と生活環境因子に関する総合研究成果報告−科学技術庁研究調整局編,1979

6)小町喜男:日本人の脳卒中,保健同人社,1972

7)1993年11月8日朝日新聞夕刊

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