日本における自殺の精密分析(自殺 分析 日本):(東京都健康安全研究センター)

東京都立衛生研究所年報,50巻,337-344 (1999)

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関連論文

  自殺の発生病理と人口構造
   東京都健康安全研究センター年報,59巻,349-355 (2008)

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研究要旨

 

 人口動態統計を用い,日本全国の自殺の年次推移(1899-1997),年齢調整死亡率・15歳階級死亡率(1950-1997),世代マップ(1950-1997:実数及び死亡率),死亡率比(Mortality Ratio:MR)マップ(東京/日本全国)を作成し,自殺について経年的かつ包括的に精密に分析した.

 自殺数の年次推移から,デュルケームの「戦争が自殺の増加に抑制作用を及ぼす」という言明が確認できた.

 景気変動と自殺数との間には相関がみられ,不況時には自殺数が約30%程度増加することが分かった.1998年の自殺者の急激な増加は団塊の世代が自殺好発年齢になったという点及び不況に求められることが明らかになった.

 都市部における青年期女子の高い死亡率比については,社会心理学的な考察の対象とすべき現象と考えられる.自殺を大幅に減少させるためには,社会基盤の強化に努め0次予防 6) を図ることが極めて重要であろう.

 


 

研究目的

 

 衛生行政の基本的な使命は生活環境の安全性の維持と向上を図ることにある.この使命を達成するに当たり,地域における生活環境の安全性と地域住民の健康損失の状況を定式的かつ継続的に観測するシステムの構築は非常に重要な意味を持つ.当研究所では,地域における疾病事象を把握し,衛生行政を支援するために疾病動向予測システム(以下SAGE 1) と略す)を開発している 1-6)
 本論文では,日本における自殺の特性についてSAGEにより精密分析した結果を報告する.

 

研究方法

 

 わが国では,1899年から中央集査による人口動態統計が実施されている(1944年から1946年を除く).この情報を利用することにより約100年にわたる日本人の死亡現象を解析することが可能である.本研究では,この長期的・広域的データがそろっている人口動態統計を用い,自殺について精密分析することとした.

 分析にはSAGEを用い,日本全国の自殺の年次推移(1899−1998),年齢調整死亡率(1950−1997),15歳階級死亡率 1) (1950−1997),世代マップ 1) (1950−1997:実数及び死亡率),死亡率比 1) (Mortality Ratio:MR)マップ(東京/日本全国)を作成し,経年的かつ包括的に検討した.

 

結果および考察

 

1.年次推移

 日本における自殺の年次推移を図1に示した.20世紀の日本は,減少と増加を交互にくり返す自殺の波を過去3回経験している.最初は太平洋戦争突入直前の減少である.明治,大正,昭和初期と多少の増減をくり返しながらもほぼ単調に緩慢な増加を続けてきた自殺者の数が,1936年の男子9,766名,女子5,657名をピークに一転して減少傾向にはいる.戦争たけなわの1943年には,男子5,115名,女子3,669名とピーク時の約半分となった.人口動態統計が実施されなかった空白の3年間をはさんで,1947年から急速な増加が始まり,1958年には男子13,895,女子9,746名に達する.これが世に言う自殺の第一次ブームである.ブームが過ぎ減少の局面に入った自殺は,1967年の男子9,272名,女子5,474名を極小にまた増加に転じ,男子は1983年に16,876名のピークに達する.第二次ブームがこれである.第二次ブームでは女子の増加傾向はそれほど顕著ではない.第二次ブームが過ぎ再度減少局面に入り,1990年には男子12,316名とピーク時の75%程度にまで減少したが,それを底に増加傾向に転じ,1997年には男子15,901名,女子7,593名となり,1998年にはさらに急増し男子22,388名,女子9,396名となっている.男子の22,388名は,人口動態統計が開始された1899年以来最大の自殺数であり,女子の9,396名も1958年の9,746名に次ぎ歴代2位となっている.現在は自殺の第三次ブームに突入していると考えられる.

 

図1 自殺の年次推移(1899-1999)

 

2.自殺と戦争

 デュルケームは「戦争が自殺の増加に抑制作用をおよぼす」 7) といったことで有名である .太平洋戦争の戦前,戦中における自殺の減少は,まさしく彼の説に一致する.さらに時代をさかのぼれば,日露戦争(1904−05)と第一次世界大戦(1914−18)の時も,小規模ながら自殺の減少が認められている.これらの点を考慮すれば,デュルケームの説は正しいといえよう.

 

3.自殺と景気動向

 まず最初に好景気と自殺との関係を見てみる.1962年から1971年のちょうど10年間,男子の自殺数は1万人以下となり,第一次自殺ブーム最盛期の約2/3にまで減少した.この期間は,オリンピック景気(1963−64)といざなぎ景気(1965−70)というあいつぐ好景気に全国が沸き立っていた時期と一致する.さらに,1987年から1991年のバブル景気の時代も自殺数がピーク時の約3/4にまで減少している.

 次に,不景気と自殺との関係を検討する.自殺の第一次ブームは1950年代後半で,これには1957年のなべ底不況が重なる.岩戸景気(1959−61)の到来とともにこのブームは終息し,所得倍増計画(1960)の発表に続く好況連鎖とともに自殺が減少した.1973年には,日本列島改造計画を発表し当時全盛を誇った田中内閣がオイルショックをきっかけにして倒れ,それから10年を越える不景気が続いた.第二次自殺ブームはこの景気低迷の後半期に発生している.そして,バブル景気(1986−91)の時代,自殺は減少し,バブル崩壊不況(1991−93)から現在まで,漸次自殺数が増加している.

 自殺の状況を詳細に観測するために,男子10万人当たりの自殺の15歳階級死亡率を図2に示す.第一次ブーム,第二次ブームいずれにおいても15歳以上のすべての年齢域で死亡率の増加が見られる.さらに,第一次ブームでは15−29歳で,第二次自殺ブームでは45−59歳で死亡率の顕著な増加が観測される.男子では1994年以降,45−59歳と60−74歳で死亡率が増加し,30−44歳でも漸増している.女子ではこの時期,死亡率のこのような大きな変動は見られない.さらに,1998年の50歳代男子の死亡数は5,967名と1997年から一気に54%も増加した.40歳代男子では4,033名,60歳代男子では4,018名とそれぞれ前年比で33%,49%増加している.

 これらの事実をみる限り,自殺の増減は景気の動向と密接に関連しているといえよう.

 

図2 自殺の15歳階級死亡率(対10万)の年次推移(1950-1997)(日本男子)

 

4.自殺の世代マップ

 図3に日本男子の自殺の世代マップを3年3世代単位で示す.

 歴史的にみて,日本における自殺は青年期型であった.単一の年度でみると,総数の4割から5割強が20歳代に集中し,3割前後が壮年期から初老期,すなわち50−60歳代に広く分布していた.第二次世界大戦前はずっとこのパターンが続き,戦後の第一次自殺ブームでそれが頂点に達する.それ以後,状況が大きく変化する.特に男子に限っていえば,青年期のピークはしだいに高齢側に裾野を広げていき,1974−76年になると40歳代後半に第二のピークが形成される.このピークは成長がはやく,1980−82年には同じ年における青年期のそれをしのぐまでになる.このピークは年齢依存型ではなく世代依存型である.つまり,1930年代前半生まれの世代で構成されているところに大きな特徴をもつ.

 

図3 自殺の世代マップ(実数,日本男子)

 

 二度に及んだ男子の自殺ブームの極大における年内年齢分布のピークは,第一次が21−23歳,第二次が51−53歳を中心としている.30年の歳月を隔てたこのふたつのピークは世代位置(出生年)の中心が1932−34年であることから,同じ昭和戦前世代の寄与で形成されていることがわかる.すなわち,この世代の男子は青年期と壮年期の2度,自殺の多発を経験したことになる.これは,死亡率で観測しても同様の結果を得る(図4).

 

図4 自殺の死亡率の世代マップ(対10万,日本男子)

 

 死亡率の世代マップで特徴的なのが,1995年から97年の部分である.この時期,1923−70年生まれのすべての世代で,自殺の死亡率が直前世代の同年齢におけるそれよりも高いという特徴が見られる.特に1935−46年世代でそれが顕著である.リストラの対象者がこの年齢域に多かったことや景気動向を勘案すると,雇用不安が自殺の増加に寄与したであろうことが推察される.この現象は,1953−58年の第一次自殺ブームの時にも観測され,時代特性を表わすものと考えられる.

 

5.自殺における東京都の特性

 東京都における自殺の特性を死亡率比で検討する.日本全国の3年3世代の死亡率を基準に東京都のそれを比較したのが図5である.男子では,1950年代後半までは死亡率比1.1以上のセルが点在する.しかし1960−70年代には,1.1を越えることは希となり,ほとんどのセルが0.9以下で,0.7以下のセルも散見できるようになった.1980年代にはいると,10歳代の低年齢層で1.1を越えるセルが発生すると同時に,70歳以上の高齢層で0.8以下のセルが優勢となった.ところが,1995−97年と1992−94年の情報を同一年齢で比較すると,ほとんどのセルで1995−97年の値が1992−94年のそれを上回り,特に50−60歳代ではすべてのセルでその傾向が観測される.

 

図5 自殺の死亡率比の世代マップ(東京/全国,日本男子)

 

 女子の死亡率比の世代マップを図6に示す.女子で特徴的なのが,60歳以上の高齢域で顕著に死亡率比が低いのに対し,青年期から中年前期にかけて,死亡率比の高い区域が終始存在することである.特に,1980年代以降,死亡率比1.1を越えるセルが青年期で増加し,1995−97年では20−50歳代のすべてのセルが1.1を越える状況になっている.青年期で死亡率比が高く,高齢域で死亡率比が低いという現象は,東京以外にも,大都市を抱える大阪府と福岡県,さらに沖縄県でも観測される.この点から,都市部における青年期女子の高い死亡率比については,社会心理学的な考察の対象とすべき現象と考えられる.

 

図6 自殺の死亡率比の世代マップ(東京/全国,日本女子)

 

6.自殺の動機と行政施策

 自殺者数の極小を示す1967年と1990年において,自殺した男子の数は,直前の自殺ブームの約65%〜75%程度となっている.自殺者の景気依存性は確かに観測されるが,その寄与は多く見積もっても約30%であり,1990年の男子死亡数12,316名から推測すると1998年頃のピークにおいても,16,000名程度と予測される.しかし,1998年の男子の自殺は22,388名とそれをはるかに超え,この自殺数の増加を景気変動だけで説明するのは困難である.
 世代マップ(図3)を詳細に検討すると,50−70歳の年齢域において自殺のピークが観測される.このピークは戦前から現在まで一貫して存在し,年齢依存性を持つと考えられる.1947−49年生まれの団塊の世代がちょうど今,この年齢域に足を踏み入れつつある.この世代の人口は他の世代を圧倒する.自殺による死亡率が今までと同じであれば,必然的に自殺の実数は大幅に増加する.これが,自殺数増加の大きな原因の一つとなっていると考えられる.景気対策を実施すれば,自殺数を20〜30%程度削減することができよう.しかし,それだけでは団塊の世代が自殺好発年齢域を通過し終わるまで,大幅に自殺者を減少させることは困難であろう.

 自殺の動機を考えてみると,一般的に恋愛問題は20歳代,家庭の不和や経済問題は40歳代に多いが,なんと言っても筆頭原因は病気である.40歳代で総数の1/3,50歳代で1/2を占め,60歳以上では過半数が病気を動機としている 8 ) .20−30歳代の自殺でも,病気は恋愛問題や精神性疾患とならぶ重要な動機である.この傾向は,自殺ブームの時期でも基本的には変化しないと考えられる.不況と自殺の関係も,病気を媒介項とする間接的なものと考えることもできよう.つまり病気を減少させれば,不況になっても自殺はたいして増えない状況を創り出すこともできよう.社会基盤の強化が進めば,不況だろうが病気だろうが,自殺などしないで踏みこたえるだけの強さやゆとりが社会の中に生まれる可能性もある.

 衛生行政の本来的な使命は生活環境の安全性の維持と向上にあると考えられる.自殺を大幅に減少させるためには,社会基盤の強化に努め0次予防 6) を図ることが極めて重要であると考える.

 

[参考文献]

1)池田一夫,竹内正博,鈴木重任:疾病構造データベース,東京衛研年報,46,293-299,1995.

2)池田一夫,上村尚,竹内正博,鈴木重任:疾病動向システムによる行政支援,東京衛研年報,47,362-367,1996.

3)池田一夫,上村尚,竹内正博:行政施策と肝硬変死亡,東京衛研年報,48,354-359,1997.

4)池田一夫,上村尚:日本における死亡特性の分析,東京衛研年報,49,321-328,1998.

5)倉科周介,池田一夫,平山雄,西岡久壽彌:肝硬変と肝癌の時空間分布,肝膵胆,29,197-214,1994.

6)倉科周介:病気のなくなる日−レベル0の予感−,1998,青土社,東京.

7)デュルケーム:自殺論(1897),1985,中央公論社,東京.

8)厚生省大臣官房統計情報部:自殺死亡統計,1999,厚生統計協会,東京.

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