疾病動向予測システムによる行政支援:(東京都健康安全研究センター)

(平成7年度厚生科学研究費補助金:地域保健対策総合研究事業)

 「健康及び疾病事象に係わる包括的サーベイランスのデータ基盤確立に関する研究 研究報告書」より 抜粋

  疾病動向予測システムによる行政支援 ( shippei.pdf : 52KB )

 


 

研究要旨

 

 地域における疾病事象を効果的に把握するための知識システムを構築した。当該地域の疾病事象を、世界、日本などのそれと比較することにより、世界的見地から地域的問題を観測することができた。本システムが、企画や調査研究など地域保健行政の広範な分野において活用できることがわかった。

 


 

A.研究目的

 衛生行政の本来的な使命は生活環境の安全性の維持と向上にあると考えられる。

 この使命を達成するに当たり、地域における生活環境の安全性と地域住民の健康損失の状況を定式的かつ継続的に観測するシステムの構築は非常に重要な意味を持つ。当研究所では、地域における疾病事象を把握し、衛生行政を支援するために疾病動向予測システム(SAGE)を開発している。

 本報告では、SAGEによる行政支援について考察した。

 

B.研究方法

1.資料の蒐集

 人口動態統計、国勢調査人口、住民基本台帳人口などの情報を諸外国も含めて蒐集した。

(1) 人口動態統計:死因、男女、5歳階級別

  全国(1899-)、東京都(1950-)、道府県(1986-)、都2次医療圏(1986-)、アメリカ(1950-)、西ドイツ(1952-)、イタリア(1951-)、フランス(1951-)、スウェーデン(1951-)、タイ(1955-)、その他44か国(World Health Statistics Annual最近3年分)

(2) 国勢調査:男女、各歳人口

  全国(1903-)、都道府県(1903-)

(3) 住民基本台帳人口:男女、各歳、区市町村別

  東京都(1985-)

2.SAGEの拡充

 蒐集した情報を整理して、SAGEの地域比較の面を特に強化した。

 地域比較には、基準地域の死因・性・年齢階級別の死亡率に対する比(死亡率比、mortality ratio, MR)とその平均値(平均死亡率比、mean mortality ratio, MMR)を用いた。各国比較の際には、日本、アメリカ、イギリス、フランスおよびイタリアの合計値を基準とした。

 

C.研究結果

1.国際比較

 日本の疾病特性を解析するために、最近3年間の死亡パターンを国別に分析した。

 基準地域(日本、アメリカ、イギリス、フランスおよびイタリアの合計値)と比較してその国の当該疾病の死亡率が高ければ暖色系で、低ければ寒色系で彩色して、疾病の国際比較を図1及び 図2に、地域コードと疾病コードを表1に示した。

 

図1 平均死亡率比 死因・地域行列 各国 男子

 

図2 平均死亡率比 死因・地域行列 各国 女子

 

表1 地域コードと疾病コード

 地域コード
 1 日本 17 オランダ 33 キルギスタン
 2 アメリカ 18 ベルギー 34 カザフスタン
 3 イギリス 19 スイス 35 メキシコ
 4 フランス 20 オーストリア 36 ニカラグア
 5 イタリア 21 スペイン 37 コスタリカ
 6 カナダ 22 ポルトガル 38 コロンビア
 7 オーストラリア 23 ギリシャ 39 ペルー
 8 ニュージーランド 24 イスラエル 40 ブラジル
 9 シンガポール 25 ポーランド 41 ウルグアイ
10 ホンコン 26 ハンガリ 42 アルゼンチン
11 韓国 27 ルーマニア 43 ジャマイカ
12 アイルランド 28 ブルガリア 44 プエルトリコ
13 フィンランド 29 ラトビア 45 トリニダードトバコ
14 ノルウェー 30 リトアニア 46 モーリシャス
15 スウェーデン 31 ロシア  
16 デンマーク 32 アルメニア

 

 疾病コード
 1 総死亡 11 肝硬変 21 膀胱癌
 2 他殺 12 全癌 22 白血病
 3 自殺 13 口腔・咽頭癌 23 前立腺癌(男子)
 4 自動車事故 14 食道癌    子宮癌(女子)
 5 自動車事故を除く事故 15 胃癌 24 乳癌
 6 全結核 16 結腸癌      
 7 脳血管疾患 17 直腸癌
 8 虚血性心疾患 18 肝癌
 9 糖尿病 19 喉頭癌
10 腎疾患 20 肺癌

 

 日本の平均死亡率が基準地域と比較して顕著に高い疾病(平均死亡率比 1.2以上のもの)は次のとおりであった。

男子:全結核(2.45:1994年における日本の死亡者数2,290人,以下同様)、脳血管疾患(1.44:55,510人)、腎疾患(1.69:8,994人)、食道癌(1.20:6,778人)、胃癌(2.46:30,564人)、直腸癌(1.38:6,189人)、肝癌(2.70:20,764人)

女子:自殺(1.76:6,865人)、全結核(2.02:804人)、脳血管疾患(1.35:64,729人)、腎疾患(1.84:9,795人)、胃癌(2.37:17,227人)、直腸癌(1.26:3,836人)、肝癌(2.84:7,913人)

2.年齢調整死亡率

 諸外国と比べ平均死亡率比が顕著に高く、かつその死因による死亡者実数が多い疾病として、男子の脳血管疾患、胃癌、肺癌を選び、年齢調整死亡率の年次推移を各国と比較して分析した。その結果を図3、 図4、図5に示す。

 

図3 脳血管疾患 年齢調整死亡率 男子

 脳血管疾患の対10万人当たりの年齢調整死亡率(基準人口:1990年ヨーロッパ人口)は、1950年の246.2から増加をはじめ、1965年には370.0と最高値を示し、以後減少に転じ、1991年には93.2と最高時の約1/4となった。

 

図4 胃癌 年齢調整死亡率 男子

 胃癌は、1956年の96.1から順調に減少し、1991年には49.0と1956年の約1/2になっている。

 

図5 肺癌 年齢調整死亡率 男子

 肺癌は、1959年の12.7から年を追うごとに増加し、1989年には45.5となったが、1990年45.3、1991年45.7と頭打ちの傾向が見られ、1994年には46.4となっている。

 

D.考察

 地域の保健水準を向上させるには、①観測、②評価、③計画、④行動を継続して繰り返し行うことが必要である( 図6)。

図6 データベースの役割

 保健水準の観測には、国内外の情報の収集とその情報に基づくデータベースの構築が必要であり、データベースを活用して計画、実施された行動の評価にも観測された情報を活用することが有効である。ここでは、SAGEによる企画および調査研究面からの行政支援について考察する。

(1) 企画

 日本における肺癌の死亡者数は、1959年の男子3,329人、女子1,410人から、1994年の男子31,724人、女子11,752人へと急増している。年齢調整死亡率で見ると、男子の場合、1959年の12.7から1989年の45.5へと増加しているが、近年では頭うちの傾向を示し1994年には46.4となった。その傾向は、アメリカ、西ドイツでも観測され、スウェーデンでは減少を示している。これらの状況を勘案すると、日本では特に強力な行政介入を実施しなくとも、現状の傾向が続けば、肺癌の年齢調整死亡率の減少が期待される。

 このような現状認識に立って計画を立案することにより、施策をより効果的、実効的なものとすることができよう。

(2) 調査研究

 日本における脳血管疾患の年齢調整死亡率は、1960年代中ごろにピークを示したのに対し、西ドイツやスウェーデンなどでは1950年代以降順調に減少しておりピークは無い。この差は何に起因するものであろうか。また、日本の胃癌の年齢調整死亡率の高さやアメリカの低さは何に起因するのであろうか。

 このように、調査研究の方向性をさぐるためにSAGEを活用することもできる。

 

E.結論

 保健医療対策に関する行政施策の立案を支援することを目的として開発した知識システム(SAGE)が、企画や調査研究など地域保健行政の広範な分野において活用できることがわかった。

 行政が収集した情報を、行政自身が活用するのはもちろんであるが、今後は住民にも情報を積極的に公開していくことが必要であろう。

 現在、一般的に印刷物として各種情報が公開されている。しかし、行政が収集した情報は基本的に住民に帰属する。住民が利用しやすい形で情報を公開していくことが必要である。インターネット上にWWWサーバーを構築し、情報を適切な形に加工して提供することも、数値情報をそのままの形で提供することも必要であろう。

 当研究所では、SAGEのすべての情報をインターネット上で公開している( https://www.tmiph.metro.tokyo.lg.jp/sage/ )。この試みが、行政、住民双方にとって実りあるものとなるように努力していきたいと考えている。

[参考文献]

1)池田一夫、倉科周介:疾病動向予測システム、第5回公衆衛生情報研究協議会予稿集 P21-22, (1992,2)

2)池田一夫、竹内正博、鈴木重任:疾病構造データベース、東京都立衛生研究所年報、46巻、P293-299、1995

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